スイス山里COSMOSNOMADO

アルプスの山を眺め空を見上げながら心に映る風景を綴ります

猫のクロの話 その3

夕方になると、決まって近所の黒猫が我が家の台所の前を横切っていく。今日もそうだった。いつものように急ぐ風情もない。毎日、自分のテリトリーを点検して回っているのだろう。その姿を見て、そうだ、クロの第3話をまだ掲載していなかった、と気がついた。たしか、第1話と第2話は1月の第1週と2週のブログに載せたはず。第3話まであるのでまた載せます、と書きながら、すっかり忘れていた。ということで、今日は短く、猫のクロつぶやき完結編。

 

クロの話 その3

ヨネちゃんのことでは参ったなあ。ボクのこと怒ってるんだ。虎さんが宥めて、いろいろ言って聞かせてたみたいだけど、まだちょっと後を引いてるみたいなんだ。いまだにツンとしてる。ヨネちゃんって、けっこう可愛い顔した女の子なんだけど、なにせ気が強い。それに、飼い主さん家族に猫可愛がりされて育ってきたもんだから、ワガママで、まるで自分のことプリンセスみたいに思っちゃってて、なかなか相手の立場に立って考えてくれない。いつも「正義我にあり」だ。ボカア、嘘なんかついてない、ほんとに家の人が探してたから教えてあげたんだ。でも、誤解だって思っても、やっぱりツンとされると傷ついちゃうなあ。そんなこともあって、無性に『おやじさん』の顔が見たくなっちゃった。

『おやじさん』は相変わらず元気だった。「おお、よく来た。ちょうど旨いものがあるから、食ってけ。お?どうした、なんか今日は元気がないな」って、『おやじさん』にはすべてお見通しだ。それで、ヨネちゃんとのこと、胸の中のモヤモヤを聞いてもらったんだ。誤解されてツンとされると、やっぱりヨネちゃんのことをひどい奴だって思っちゃう。そうするとまた、ハクアイシュギのボクとしてはジコケンオに陥っちゃう。それで、ボクから見たらすごい賢猫の『おやじさん』には、ネガティブな気持ちはもう湧かないんだろうと思って聞いてみた。そしたら、ちょっと空を見上げて考えてから『おやじさん』はこう言った。「いやいや、そんなことはない。ワシだって生きてる猫だ。いろんな思いが湧くさ。それもいつもいい思いばかりとは限らん。ただ、ワシが心がけているのは、湧いた気持ちを観察することだ。心は、見ろ、あの空のように雲がいつも動いている。一点の曇りのない青空であることはまずないぞ。思いが湧く。嫌な思いもある。その時、否定も肯定もせずに、ああひとつ雲が湧いた、と思うことじゃ。ダメだダメだ、湧かせるものかと頑張ってはいかん。湧くものは湧くのだからな。ただ、観察される時、思いはもうお前のものではない。もうひとつの何ものかが問うだろう。どうしてこの思いが湧いたのか、と。問いがあれば自然にお前の心は答えを探す。わからなくてもいい。やがて心の中の雲は留まらずに流れていって、そのうちに消えていくだろう。お前は観察することによって、その思いを手放したのだ。」こいつは修行しかない、と思ったボクは、ここに住ませていろいろ教えて下さいって、弟子入りを願ったんだ。そしたら見事断られた。『おやじさん』曰く「ダ・メ・ダ。いい若いもんがこんな猫里離れた所に住むのは早い。飼い主や他の猫たちと生きていくことで、自分なりにわかってくるさ。それに、ワシは所詮ただの世捨て猫。お前はまだ若いんだ、渡世の義理ってやつも学ばにゃあかん。ま、嫌なことがあったら、原っぱでも飛び回って走れ。身体を動かすんだ。そうしたら気分もよくなる。身体と心が繋がっていることを忘れちゃいかんぞ。さあさあ、この鰯の頭を食ってみな、美味いぞ。ここにはいつでも遊びに来りゃあいいさ。」ほんと、その鰯はとびっきり美味かった。『おやじさん』、また来るよ。

 

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