スイス山里COSMOSNOMADO

アルプスの山を眺め空を見上げながら心に映る風景を綴ります

古いギターが新しく生活の逸品となったという個人的な話

#新生活が捗る逸品

4月は、日本では新しい始まりの季節だ。官庁や大半の会社では新年度のスタート、学校では新学年のスタートだ。就職や入学で独立して一人暮らしを始める人たちもいることだろう。何を揃えようかといろいろ考えを巡らしたり、買い物に行ったりするのも楽しいことかもしれない。最近は、通販で物を揃える人も増えているようだ。いずれにしても最低限の家財道具や日用品は必要だ。ただ、新生活が捗る品といっても、それはその人の生活スタイルにもよるだろう。

2、3日前にユーテューブでメルカリのCMに行き当たった。自分がいらなくなった物を、誰か使ってくれる人に売るというシステムらしい。何か探している物があって、自分にぴったりであればそれを買うということだ。新品でなくてもいい、物を捨てるのではなくて循環させるというポリシーのようだ。こういうプラットホームで自分にとっての逸品を探すのもひとつの手かもしれない。

そういえば、スイスにもRicardoという似たようなプラットホームがある。最近、連れ合いが1974年製のBMW、R75/5 のオートバイを出品した。長年の友として慈しんできたが、もう乗らないので手放すことに決めた。せめて、このバイクの価値を知って愛用してくれる人に手渡したいのだ。スクラップにせずに循環させたい。これの価値がわかって買ってくれるのは、ある意味BMWマニアだろう。モダンな様々な機能付のオートバイは次々に出てくる。けれども、この古いBMWのエレガンスと魅力がわかる人に乗ってもらいたいということだ。

なぜ、メルカリのCMに行き当たったのか。実は、草彅剛さんがその理由だ。草𦿶さんは、前々からその卓抜した表現力に注目していた。 ついこの間の日本アカデミー賞で主演男優賞に輝き、また今は、NHK大河ドラマの徳川慶喜役の演技が評判になっているという。残念ながら、日本にいないので観ることも叶わず、せめてユーテューブに彼の演技の端々を探していたのだ。そうしたら、このCMが目に入ってきたというわけである。印象的だったのは、メイキングオフの映像。愛用のギターについて語っていた。そのギターは70年前に作られたものだという。彼曰く、このギターを手に取ると時代と時間の流れを感じる。そして、年を取っても、ただ朽ち果てるのではなくて再生している。「僕の人生のテーマでもあるんですよ。人間もそうじゃないですか。ただ朽ち果てていくのではなくて、朽ち果てながらも再生をしている。だから、唯一無二の輝きを発している。ただ、古くなってるだけじゃないっていうか、色あせない魅力がある。だから、このギターを見ながら、こういう人間になりたいって思う。いいシワ刻んで、傷もね。人間は怪我したり病気になったりもするけど、それすらも自分の生き様として刻まれていくみたいな。好きです、そういうの」というようなことを語っていて、とても強い印象を受けた。そして、自分のギターのことを思い出した。

昔々、日本でちょっとだけギターをいじっていたことがあった。こちらに来てから義父の古いギターを受け継いで、しばらくは歌の伴奏にちょこっと弾いたりもしていたが、いつの間にか遠ざかってしまった。小ぶりで傷もある相当古いギターだったが、捨てないで取ってはおいたのだ。去年のロックダウンの頃、久しぶりにギターを弾いてみる気になって手に取ったが、朽ち果てたようにみえた。新しいものを買おうかどうか迷ったが、とにかくギター職人さんに見てもらうことにした。職人さんが言うには、今ではもうほとんど残っていない珍しい品だという。なんでも、19世紀初頭に作られた小ぶりのギターで、ピクニックなど遠出のお供に人気があったのだそうだ。森でキャンプファイヤーを囲みながら、皆で歌っている姿が目に浮かぶ。傷もあるが、あくまでも自分の歌の伴奏のためだ、このギターを使っていこうと決めた。弦を全取替えして、修理できる部分は直し、手入れをしてもらった。今の手頃な値段のギターより、深みのある音を奏でる。

草𦿶さんの言葉を借りれば、朽ち果てながらも再生していく100歳を超えるギター。よし、私もがんばろうという気持ちにさせてくれる。そういう意味では、新しく生活を彩る(捗るではないが)私の逸品と言えるかもしれない。

 

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