スイス山里COSMOSNOMADO

アルプスの山を眺め空を見上げながら心に映る風景を綴ります

心にぴったり詩歌のリズム

今週のお題「575」

日本には、俳句や短歌がある。俳句は5・7・5、短歌は5・7・5・7・7だ。昔の日本人は、この形式で情景や心情を表した。伝統は今も脈々と受け継がれて、俳句や短歌を作る人の数は多い。いろいろな同人誌も数多あるようだ。

亡き父は俳句を作り、母は短歌を詠んでいた。二人とも趣味の会を楽しんでいたようだ。父の入っていた会の同人誌が2冊ほど手元に残っている。その中の父の一句が印象深い。 

「火車を待つ広野コスモス波のごと」たぶん、父の少年の頃の情景だと思う。おそらく大陸にいた頃だ。汽車を待つ線路の向こうに広がるコスモスの野原。渡る一陣の風に、コスモスが一面サーっと波のように揺れる。それを眺める、学制帽を被って絣の着物を着た少年の後ろ姿。そんな絵が目に浮かぶ。

母の歌は私の手元には残っていない。それが残念だ。与謝野晶子ばりの歌を詠んでいたようだ。亡くなってから思うのだが、母は秘かに自分の歌を世に出してみたかったのではないか。今の時代は、自費出版ならさほど難しくないだろう。様々なことが、母が生きていた頃とは大きく変わった。母が生きた時代は、一般の人には出版など手の届かないことだった。彼女の人生の証として、元気な間に出版してあげたかったという思いが残る。

散文詩もあるが、やはりこの詩歌のリズムは心にびったり入ってきて、日本語は美しいなあと感嘆する。それにしても、この17音、31音の中で情景を描写し、心情を歌う技の巧みさよ。この短さの中に思いを込め、詠みあげれば目の前に豊かな世界が広がる。

ところで、上田敏の「海潮音」というヨーロッパの訳詩集がある。明治時代に出版されたものだ。カール・ブッセやヴェルレーヌなど29人の詩人の詩を訳してまとめたものだという。カール・ブッセの「山のあなた」はあまりにも有名だ。

山のあなたの 空遠く「幸」(さいわい)住むと 人のいふ 

噫(ああ)われひとと 尋(と)めゆきて 涙さしぐみ かえりきぬ

山のあなたに なほ遠く「幸」住むと 人のいふ

カール・ブッセは、19世紀に活動したドイツの詩人である。日本では、彼の名はこの詩によって大変有名になったが、本国のドイツではそれほど知られていないのだという。ひとえに、上田敏の名訳のおかげらしい。それにしても、素晴らしい訳である。七五、七五と流麗に言葉がリズムを取っていく。日本人の心情にぴったりの流れだ。あこがれを謳う内容もさることながら、この日本語のリズムが情感を盛り上げていく。外国語の作品は、訳者の腕によって左右されるところが大きい。学生の時に、世界的に有名な哲学者の小説を読んだことがある。題名に惹かれて手に取ったのだが、日本語がこなれていなくて、読むのに往生した。その時に、文学作品における訳者の重要さを痛感したものだ。こちらでは、本の訳者の名前は表紙には書かれていない。けれども日本では、文学作品の場合は、作者と訳者の名前が並んでいたと記憶している。原文を日本語としていかにうまく訳すかによって、作品の味わいが違ってくるのだ。それだけ訳者の日本語力が大事になってくる。

日本語とドイツ語、日常的にこの二つの全く違う言語の間を行き来していると、言葉と文化の密接な関係についてはよく考える。俳句はHAIKUと呼ばれて、こちらでもドイツ語で作っている人たちがいる。自己流の解釈だが、俳句は叙事的描写、短歌は叙情的描写のような気がする。とすれば、俳句はHAIKUになっても、多分に日本的な情緒性を持って繊細な感情を謳う短歌は、こちらのメンタリティーに合うものだろうか。

 

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