スイス山里COSMOSNOMADO

アルプスの山を眺め空を見上げながら心に映る風景を綴ります

君よ知るや東の国

今週のお題「住みたい場所」

日本にいた頃は、国内を旅する機会がほとんどなかった。こちらに住み始めてから、かえって日本を旅するようになった。なかなか帰れないと思うから、今回はあの土地の親戚、今度はあの町のお友達に会いに行こうという計画を立てる。また、仕事柄、あそこのあれは見ておきたいとかいうのもある。それと、スイス人と一緒の場合は、日本紹介旅行になる。

そんな中で、日本で住めたら素敵だなと思った土地はいくつかある。例えば、松山と松本。両方とも、大きさ的に住みやすそうだ。松山市はおよそ50万人、松本市はその半分くらいの人口らしい。松山には前に親戚が住んでいたので、いろいろ案内してもらった。気候温暖で、海も近い。だから、お刺身など魚も美味しい。愛媛は、知る人ぞ知る日本酒の名産地だという。親戚の人の行きつけの酒処にも連れて行ってもらった。懐かしい思い出だ。路面電車も走っている。路面電車の走る町には、なんとなく風情がある。それに、環境に良い公共交通機関だし。チューリッヒ市にはトラムと呼ばれる市電が縦横に走っている。これで市内をくまなく回れるし、もちろん渋滞がない。残念なのは、京都だ。昔は市電があったそうだが、今はすべてバスになってしまった。京都は風情のある町だし、大きな観光地だから、排気ガスを出したり渋滞したりするバスや車で回るより、市電の方がふさわしいのだが。さて、もう一つの町は、松本。こじんまりしていて生活しやすそうだし、お洒落な雰囲気の町だと思った。それに、日本アルプスの町である。隣接する安曇野の美しい自然の中をサイクリングするのも楽しそうだ。東京からも遠くない。

ゲーテの「ヴィルヘルム・マイスターの修行時代」という作品の中に、「ミニヨンの歌」として知られる歌がある。森鴎外の名訳で有名だ。昔、憧れてその一節を暗唱した。

レモンの木は花さきくらき林の中に

こがね色したる柑子は枝もたわわにみのり

青く晴れし空よりしづかに風吹き

ミルテの木はしづかにラウレリの木は高く

くもにそびえて立てる国をしるやかなたへ

君と共にゆかまし

ドイツから、南の国イタリアへ向かうには、アルプスを越えなければならない。ゲーテは南国イタリアに憧れを持っていて何回か訪問している。当然、スイスを通るわけだ。チューリッヒには、ゲーテが訪れたレストランがあって、家の外壁にその旨のプレートが貼ってある。また、チューリッヒ湖畔の村にも滞在している。ゲーテのヴィルヘルム・マイスターを原作にして創られたオペラの最初の歌のタイトルが「君よ知るや南の国」だという。寒い北の国に住む人にとって、光溢れるイタリアは遠い憧れの国だったことだろう。

人は自分にない環境に憧れる。カール・ブッセの「山のあなた」という詩もそうだった。明治以降からある時期まで、日本人にとって西洋は憧れの国だったかもしれない。また、西洋の人にとっては、東方にある日本という国が憧れだったこともあるだろう。微笑みの国、礼儀正しい人たちが住む国として。今もそういう国であってほしいものだ。

住めば都と言う。紆余曲折がありながらも、今の私にとっては、スイスは住みやすい国である。そして、スイスの中では、今住んでいる場所以外に住みたいとは思わない。けれども、もしも故郷日本に住む機会があるならば、松山か松本にしばらく住んでみたいと思う。「君よ知るや東の国」と、そっと呟いてみる。

 

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mettmenの湖