スイス山里COSMOSNOMADO

アルプスの山を眺め空を見上げながら心に映る風景を綴ります

二つの東京オリンピック

今、東京オリンピックが開催されている。1964年に続き、2回目の東京でのオリンピックになる。だが、東京オリンピックと言っても、この二つには天と地ほどの違いがあると感じる。

1964年のオリンピックは、戦後19年、敗戦の焼け野原から復興した日本が、世界に向かって平和国家としての繁栄を示すものになった。当時は、海外旅行は一般の庶民にとっては、まだまだ夢のようなものだった。観光目的の渡航は、オリンピックの年の4月から、やっとできるようになる。それも、1人年1回500ドルの持ち出し制限付きだったという。まだ固定為替相場で、1ドル360円の時代だった。

そんな時代に、世界の国々からお客さまを迎える祭典は、国を挙げての一大事で、とにかく、オリンピックに向かって全てが整えられていった。初の新幹線が開通したのも1964年。東京と大阪を結ぶ東海道新幹線が開業したのは10月1日である。数年前から販売されはじめていたカラーテレビも、この年を機に売り上げが伸びていったそうだ。当時、我が家にはカラーテレビがあったのだろうか。それは覚えていないのだが、開会式で行進する日本選手団の、ジャケットの赤と、ズホンとスカートの白が鮮やかに目に残っている。行進の最後に入場する選手団の笑顔が、秋晴れの爽やかな青空に映えていた。1964年の東京オリンピックは、10月10日、まさにスポーツにふさわしい季節に開催されたのだ。

一方、今回の東京オリンピックはどうだろう。東京の夏といえば、昔から酷暑で有名だ。気温が高い上に湿気がたまらない。戦前の小説にもあるように、お金持ちは東京の暑さを避けて軽井沢などに避暑に行ったものである。それなのに、わざわざそんな東京にスポーツの大会を招致するなど、普通に考えたらありえない発想だろう。2020年から延期したのだから、せめても秋に切り替えるということはできなかったのか。最近は気候変動で、10月の半ばまでは台風が来るから、10月の末か11月の始めとか。夏になったのは、テレビの放映権の都合もあると聞いた。それでは、アスリート主体も何もあったものではない。4年に一度の機会にすべてを賭けて、練習を重ねてきた選手たちが最善の結果を出せない設定には、彼らへの敬意さえない。主役であるべきアスリートを利用した、IOCのための壮大な興行にも見えてくる。

そもそも、2020年東京オリンピック招致には、いくつかの真実ではない言葉があった。「東京の夏はスポーツに最適の季節」「原発の汚染水は港湾内でブロックされている」「フクシマはアンダーコントロール」。そして、国内に向けては、「福島復興の証のオリンピック」などとアピールしたようだ。しかし、実態は違っていて、復興に回されるべき資材が、オリンピック施設の建設のために東京に集中してしまったという話も聞いた。実際、オリンピック開催で福島の人達を勇気づけたいと言われたところで、未だに仮設住宅で暮らさざるをえない人達には、なんと虚しい言葉だろうか。2011年の大震災と原発事故を経験した日本が、この10年、何をおいても集中してやらなければならなかったのは、次の大震災への備えと原発対策ではなかっただろうか。

そして、このコロナ禍でのオリンピック開催だ。「おもてなし」をキャッチフレーズにした東京オリンピック。それが不可能になった時点で、潔い決断ができなかったものなのか。再延期なら、もちろんアスリートにも次のチャンスがない人も出るかもしれない。ただ、選手村から一歩も出ることができずに、会場との往復だけ。日本の人々と触れ合い、滞在を楽しんでもらうこともできないのだ。どんな印象を持って自国に戻っていくのだろう。また、日本の人たちは、コロナ感染の広がりを恐れているし、医療崩壊も懸念されている。本当なら、オリンピックどころの気持ちではないだろう。「始まってしまったのだから、仕方ない」と言う向きもあるようだが、突き進んだ結果が心配だ。選手たちの健闘と安全、そして、日本の人たちの間に感染爆発が起きないことを祈っている。

1964年の東京オリンピックは、日本にとって、世界に向けて戦後の復興と繁栄をアピールする場となった。当時の首相は、池田勇人。「所得倍増」のキャッチフレーズが有名だが、貧しかった戦後の日本人の生活を豊かにしようと、それなりの信念を持って行動した人だろう。昔の政治家には、有言実行が生き方としてあったように思う。今の日本には、上に立つ人達の間に虚言がまかり通ってしまった感がある。オリンピックを巡るこの間のあれこれを見ていると、日本のトップには、責任を持って大義にあたる人物がいないようだ。1964年のオリンピックは、繁栄していく平和国家として、日本が世界に認知された大会だった。今回のオリンピックが、日本の衰退と負の部分を世界に知らしめる大会にならないことを切に願っている。

 

f:id:cosmosnomado:20210730044253j:plain