スイス山里COSMOSNOMADO

アルプスの山を眺め空を見上げながら心に映る風景を綴ります

読書遍歴あれこれ

今週のお題「読書の秋」

子供の頃から、本を読むのは好きだった。記憶にある初めて読んだ本は「グリム童話」。それは、年の離れた兄が小学校卒業の時に先生からもらった本だった。六歳だった私は、その本を見つけて読み始めた。わからない漢字は、想像を働かせながら意味を補って読み進める。けっこう厚い本だったが、版画の挿絵が入っていて、それも想像を助けた。今思えば、あの版画は、中世ヨーロッパの雰囲気を醸し出していたようだ。他に読むものもないので、何回も読み返しているうちに、すっかりお話が頭に入ってしまった。「ラップンツェル」「灰かぶり」「白鳥の王子」「カエルの王さま」などなど。題名は忘れてしまったが、何でもご馳走を出すテーブルの話もあった。もう少し大きくなってからは、アンデルセン童話も読んだので、今はどちらの童話だったのかわからなくなっているのもある。たとえば「白鳥の王子」は、グリムにもアンデルセンにもあるらしい。私の印象に残っている「白鳥の王子」は、こういうストーリーだが、どちらのだったろう。12人の子供を残して王妃が亡くなり、王様の後添えに入った妃は、実は魔女だった。継母は末の姫を遠くにやって、11人の兄王子を白鳥に変えてしまう。兄たちを救うために姫が一計を案じる話だった。このお話は冒険的で、とても面白かった覚えがある。

小学校も中高学年になるに頃は、村岡花子訳の物語をたくさん読んだものだ。「若草物語」「赤毛のアン」シリーズ、「エミリー」3部作、「少女レベッカ」「秘密の花園」「紅はこべ」などなど。たしか偕成社からは、少年少女世界文学全集が出ていたように思うが、それも好きだった。小学生の私にとって、本は世界への扉を開いてくれるものだった。子供は好奇心が旺盛である。「なぜだろう、なぜかしら?」と、いろいろ知りたいことがたくさんだ。ある日、お友だちの家を訪ねた時の印象は強かった。その家には、壁の本棚にずらっと百科事典が並べてあったのだ。これを全部読むことができたなら、どんなにいいだろう。少なくとも、手を伸ばせば「知識の宝庫」が自分の家にあるなんて、とその子が羨ましかった。今は、コンピューターを開いて検索すれば、何でも知ることができる時代になった。あの当時には想像もできないことである。

中学生になってから読んだ小説で、しばらく心を奪われていたのは、エミリ・ブロンテの「嵐が丘」だ。あのヒースクリフの復讐にかける情熱は衝撃的だった。その他諸々、欧米の女性作家の作品を読んだ覚えがある。マーガレット・ミッチェルの「風と共に去りぬ」も面白かった。私小説よりも大河小説的なものが好きだった。中学の時か高校生になってからかは、記憶が定かではないのだが、住井すゑの「橋のない川」は、今まで知らなかった部落問題について目を開かせる小説だった。そういう意味では、五味川純平の「戦争と人間」もそう。日本史の教科書では習うことのない、日中戦争を含む昭和の歴史を知った。また、これはもっと後になって読んだものだと思うが、澤地久枝のノンフィクション小説「女たちの2・26事件」も昭和の生きた歴史を教えてくれた。

面白いもので、昔読んだ小説でも、登場人物のセリフが妙に頭に残っていたりする。記憶のことだから、正確かどうかは当てにならないが、そのひとつはフィッツジェラルドの「偉大なるギャツビー」の中のデイジーの言葉で、まだ幼い娘について「この子は可愛いおバカさんに育てるわ」というもの。デイジーもそうだったが、贅沢な暮らしをするためには、男性に頼ってのし上がるしかなかった、あの時代の女性の哀しさが垣間見える言葉だと思った。もうひとつは、サマーセット・モームの「クリスマスの休暇」のオルガ公女の言葉。彼女はロシア革命でパリに亡命してきた貴族の子女。言葉を正確には覚えていないが、要点としては、今は皆自分をチヤホヤしてくれるが、私がもし綺麗だとしたら、それは若さゆえであって、いずれは消えていくもの、という感じのセリフ。おお、若さの只中にいながら、なかなか賢い女性だと印象に残った。

大人になって、仕事し始めてからも徹夜で読んだ小説がある。それは、高橋和巳の「邪宗門」。戦前迫害を受けた大本教の話だ。衝撃的な小説だった。それから、ヴィクトル・ユーゴーの「レ・ミゼラブル」。これは、子供の頃に「ああ無情」として読んだ本だが、大人になってから完全翻訳本を読んだ。あの時自分が置かれていた時代が蘇る。

今現在注目している作家は、平野啓一郎である。たまたま「マチネの終わりに」を手にとって読んだのだが、それが彼の作品に触れた最初だ。それから、芥川賞を取った作家だというので、受賞作「日蝕」も読んでみた。次に「ある男」を読んで、社会性を持った視点が面白いと思った。今度は、またグッと作家の昔の作品に戻って「葬送」を読んだ。19世紀の小説を彷彿とさせ、長かったのだが一気に読み終わった。そして、最新作「本心」を読んで、社会性と哲学性を併せ持った小説家だと思い、今後の活躍に注目しているところである。