スイス山里COSMOSNOMADO

アルプスの山を眺め空を見上げながら心に映る風景を綴ります

ドラマ「新聞記者」を見て思ったこと

今週のお題「現時点での今年の漢字」

1月も終わりに近い。冬至からひと月以上経って、徐々に日が長くなっていくのが嬉しい。これからまたひと月もすれば、だんだんと春の足音が聞こえてくる。そう思っただけで、ふっと沈丁花の花の香をかいだような気がした。

さて今週は、今年の漢字のお題である。年末に一年を振り返って、今年を漢字一文字で表せば何ですか、というコンテストがあるらしい。だが、これは年頭にあたっての質問である。つまり、今年への希望というか、抱負ということだろう。抱負というのは、たいてい自分自身がやりたいことを指すわけだが、いくつかあって一文字に収まりきらない。一文字とは書いてないが、「今年の漢字」と言われれば、どうも一文字の方がしっくりくる。それではと、今年への希望の方で探してみることにしよう。何だろうと考えた時、最近見たネットフリックスの「新聞記者」が思い浮かんで、「誠」という漢字がふっと降りてきた。

久しぶりに米倉涼子さんを見た。海外にいると、日本の芸能情報には疎くなる。 JSTV に加入していたり、あるいは、今は日本のテレビが見られるアプリもあるようだが、私はやっていないので。主演の綾野剛さんのことも、若手の横浜流星さんのことも知らなかった。吉岡秀隆さんは昔から子役で出ていたし、寅さん映画の甥の役で有名である。寺島しのぶさんや佐野史郎さんなどの演技派も出演する見ごたえのあるドラマだった。ネットフリックスでは、日本は韓国ドラマに押され気味の感があったので、このような質の高い社会派ドラマが全世界配信されるのはちょっと嬉しい。

まずは、ドラマの内容を簡単に見てみよう。ある学園への国有地破格の払い下げに総理夫妻が関与する。だが、国会で野党議員にそれを追求された総理は言下に否定し、もし事実であるならば総理も議員も辞めると強弁する。そして、総理の国会答弁に整合性をもたせるために、中部理財局の記録が改ざんされる。上から公文書改ざんを命じられた理財局の職員は、責任を押し付けられて自殺に追い込まれる。彼は真面目な人柄で、国家公務員は国民に仕える仕事だと誇りを持って働いていた。それなのに公文書改ざんという不正に手を染めざるを得なくなった彼の苦悩。吉岡秀隆の演技が心に迫る。妻を演じる寺島しのぶも上手い。この事件の真相を追求する東都新聞の女性記者を演じるのが米倉涼子。そして、亡くなった職員の義理の甥を演じるのが横浜流星。新聞配達のアルバイトをしている大学生の彼は、政治は自分とは遠い世界のことだと思っていた。しかし、伯父の死をきっかけにして、自分たちは政治から目を背けてはいけないのだと気づく。やがて、真実を追求し伝えようとする、米倉扮する女性記者の揺るぎない姿勢に尊敬の念を抱くようになり、自分も新聞記者を志す。一方、総理夫人の秘書として、財務省に国有地払い下げの大幅値引きの中継ぎをした官僚は、身を隠すために内閣情報調査室に配属される。それを演じるのが綾野剛。そこでは、SNSなどを使って情報操作もされていた。職務と良心の板挟みとなって苦しむ彼。話は展開していき、亡くなった職員の妻は、夫が残した手記をもとに法廷で真実を明らかにしようと決意する。

毎回、エンドクレジットにはフィクションである旨が表示されるが、数年前に起こった森友学園事件を彷彿とさせるドラマである。誰が不正値引きの本当の黒幕で、誰が公文書改ざんの本当の責任者なのかが曖昧にされたまま幕引きされた未解決事件だ。一連の経緯を見ていると、国の対応には「誠」のかけらもない。夫が死に追いやられたその真相が知りたいという、残された夫人の切なる思いも踏みにじられた。赤木夫人が真実を知るために起こした訴訟は、意外にも被告側があっさりと「認諾」する形で終わりになる。裁判が続けば証人喚問が行われるから、ある人たちをよほど証人として立たせたくなかったのだろうと、一連の報道を見ていると、そう勘ぐられても仕方のない幕引きの模様だ。その対応には、まったく「誠」の欠片も見つからない。

よく、政治なんてそんなもの、と知ったふうに斜めに構えて言う人もいるが、ほんとうにそれでいいのだろうか。私たちは、人の間で生きている。それが「人間」だ。日本語って、言い得て妙だと思う。人間は生を受けて以来、社会の中で生きていかざるを得ない。社会にはいろいろな人たちが暮らしている。生来の気質も違えば、育った環境も様々だ。そんな人間の集団がうまく機能していくための一つの政治形態が、民主主義だろう。誰かが言っていた「民主主義は他者と共に生きる知恵」という言葉が頭をよぎる。みんなで共に生きるためには、お互いの信頼が大切だ。だからこそ、昔から子供たちは、嘘をついてはいけません、約束は守りなさい、と教えられてきた。それは、「誠」を大事にして社会を存続させる、代々受け継がれた知恵であろう。

人と人の間に「誠」がなくなってしまったら、社会は機能しなくなる。「誠」という字を、手持ちの漢和辞典で引いてみる。解字の項には、こう書いてある。「形成文字。ことばと心が一致して違わない、言行が一致する意。」意味の項は「1.まこと。(ア)まごころ。偽りのない心(イ)真実。 2.まことに。まったく。実に。 3.まことにする。まことを実現する。 4.つつしむ(敬)。

そんな基本的なことが蔑ろにされる社会に未来はない。何事も信用で成り立っているのだから、そこがいい加減な社会は混乱に陥ってしまう。とりわけ、国の舵取りを任されている政治家にこそ、「誠」を大事にしてほしい。政治が社会を左右するからだ。

いろいろ考えさせられるだけでなく、「新聞記者」は、役者さんの表情や動きを捉えるカメラアングルなど、映像作品としても見ごたえのあるものだった。

 

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