スイス山里COSMOSNOMADO

アルプスの山を眺め空を見上げながら心に映る風景を綴ります

トリノ小旅行

コロナが始まってから初めて外国へ行ってきた。と言っても、スイスからは比較的近い街トリノである。日本から外国と言えばすべて海外になるが、こちらは陸続きでずらっと4カ国に囲まれている。チューリッヒからトリノまでの距離は、直線にして260キロあまり、走行距離ではおよそ400キロくらいだろうか。列車で行ったが、4時間半ほどだった。東京から大阪までは、直線距離で400キロくらいだから、それよりはずっと近いことになるが、感覚的には、新幹線で行く東京・大阪間の方が近く感じてしまう。それに、やはり言葉も違うし生活習慣も違うから、心理的距離感もある。国境の町キアッソが近づくと、車掌さんが身分証明書の検査に来た。いよいよイタリアに入るんだという感覚になる。キアッソを過ぎると、乗客たちが一斉にマスクを付けはじめた。スイスでは撤廃されたが、イタリアではまだマスク着用義務があるからだ。国境を境に列車の中のウイルスの有無が変わるわけではない。クスッとなると同時に、法律の力を感じさせられる光景だった。

今回泊まったのは、ポルタ・ヌオーヴァ駅から徒歩3分のホテル・ローマ・エ・ロッカ・カヴール。イタリアの伝統的な古いホテルだが、中は改装してあって、近代的だった。我々の泊まった部屋は天井が高く広くて快適、空調が付いていたのはありがたい。なにしろ毎日いいお天気で暑かったので。着いてすぐ、カステッロ広場にあるインフォメーションセンターまで歩いて行った。約15分の道のりだ。マダーマ宮のある広場で、周辺にはトリノ王室博物群や、エジプト博物館などもある。そういう意味でも、場所的には最高のホテルだったと思う。

道々驚いたのは、若い人の多いこと。それもティーンエイジャーだ。なにか10代の若者が集まるイベントでもあるのかと思ってインフォで聞いたら、その日は学期末で、学校最後の日に生徒たちが街に繰り出しているのだという。あんなにたくさんの若者たちを見たのは久しぶりのことだった。翌日は、大学入学資格か卒業証書の授与式でもあったのか、頭にオリーブの冠をつけて歩いている学生たちを見かけた。夜もレストランのテラス席は若者たちで賑わっていた。レストランに座っている人たちは、ほとんどイタリア人のように見受けたが、そもそもトリノでは、外国人観光客をあまり見かけなかった。もっとも、ヨーロッパ人であれば、言葉を聞かない限りあまり見分けもつかないが。とにかく、アジア人観光客はほとんどいない。一時は、中国人観光客が多かったことだろう。観光バスのオーディオガイドには、中国語はあったが日本語はなかった。コロナの前からだが、その昔ヨーロッパで隆盛を極めた日本人観光客はめっきり減った。日本が経済的に繁栄していた時代も過ぎた感がある。

トリノには、美術館や博物館が多い。映画好きなので、さっそく国立映画博物館に行ってみた。トリノのシンボル的な建物であるモーレ・アントネッリアーナの中に入っている。短時間で全部は見切れない。それに、ホラー映画の展示が多くて好みではないのでざっと切り上げ、エレベーターで建物のトップまで上って街を一望した。その後、博物館見学へ。トリノ王室博物館群の建物は豪華絢爛、金などの華麗な装飾を施した部屋や広間はいかにもイタリア的だ。カリニャーノ邸はイタリア統一国立博物館になっている。ここもすごく大きいので駆け足で回ったが、戦争の歴史の展示に、今まさに起きている戦争のことを考えた。人類は戦いなくしてはやっていけない種族なのかと、重い気持ちになる。

観光のあとは、夕方のアペリティーボが楽しい。カフェやバーなどでアルコール飲料を注文すると、おつまみが付いてくる。それも、チップスやナッツのようなものだけではなくて、カナッペやピエモンテ地方の名物を少しづつ盛った皿なども。もちろん、お店によって様々だが。外に座って飲みながら、道行く人々を眺める。若い女の子たちは、知るや知らずや世のつかのまの春を惜しむように、ギリギリまで身体を覆う布を節約した格好で闊歩していた。ストリートミュージッシャンにも出くわす。物乞いの人も少なくない。ただ、数日居て見ていると、同じ顔ぶれが街を毎日回っているようだ。

今回は晴天に恵まれたが、大変暑かった。最近の暑さは半端じゃない。今週のニュースでは、ポー河周辺の乾燥が報道されていた。スイスもここ数日猛暑が続いている。世界的な気候変動の影響だろう。昔来た頃は、夏でも夕方は上着が必要だったが、今は夜になっても肌寒くならない。いろいろな意味で、変化の中にいるのを感じている。