今は昔、期間限定で猫と暮らしたことがある。かなり前のことになるけれど、短期間だけ子供を連れて日本に住むことになった。いろいろな準備のために日本に飛んだが、難儀だったのは、適当な住まい探し。探しあぐねていたちょうどその時、天の恵みか、友人から朗報が入った。知り合いの外国人教授がサバティカルで一年ほど留守にするのだが、猫がいるので、その間世話をしてくれる人に家を貸したいというのだ。猫を飼ったことはなかったけれど、渡りに船と話が進んだ。そうして、私たちの猫のいる暮らしが始まった。
もともと猫は好きだった。子供の頃、猫が欲しいと思ったことがある。でも、家庭の事情でそれは叶わず、縫いぐるみで諦めた。私が6歳くらいの頃だったか、祖母が前足に怪我をした近所の猫の治療をしたことがある。塗った薬を舐めないように、足袋を縫って履かせていた。可愛い猫だった。それからも、時々近所で猫の鳴き声がすると探しに行ったものだ。
息子も猫や犬が好きで、欲しがった時期があった。しかし、生き物を飼うには覚悟がいる。一度引き受けたら、その動物の一生に責任を持たなければならない。いっときの気分で飼うものではないのだ。当時の我々家族が置かれている環境を考えると、やはり無理だった。そのかわり、息子を可愛がってくれた近所の奥さんが大の動物好きで、犬や猫や他にも動物を飼っていたので、よく遊ばせてもらった。死に別れも経験している。後年、小さい時から遊んだ犬のラッキーが安楽死した時は、立ち会わせてもらった。
私たちが世話した猫の名前は、TORA。経験のない私は、初対面の時はだいぶ緊張していた。何しろお預かりものである。教授たちが戻ってくるまで、無事にお守りせねばならない。言ってみれば、TORA様なのだ。一軒家なのだが、猫の出入り口は作られてなかった。庭の上がり口のガラス戸の前に、ボックスの中に布を敷いた「猫小屋」があって、そこで寝ていたが、ご飯は家の中に入ってきて台所で食べる。朝はガラス戸の前で開けろと訴えるので、朝早くガラス戸の前に様子を見に行くのが習いになった。ご飯を食べると、しばらくはそのまま家の中で過ごす。そして、外に出たくなると、こちらの顔を見上げて戸を開けてくれと促してくる。家猫でもあり外猫でもあるのだ。人間で言えば中年くらいの元気なトラ猫だった。けっこう外で遊んでくる。環境的には、車も通らず緑に囲まれた場所だった。台風が来るという日、TORAが帰ってこない。心配で息子と二人で名前を呼びながら探し回った。なんと後ろの安全な物置に隠れていて、見つけた時はどっと安心した。また、歩き方が微妙に変な感じの時があった。近所に、猫好きで面倒見がよくて、周りの猫のお世話もしている女性がいらした。相談したら、一応病院に連れて行ったほうがいいということになって、一緒に行ってくれた。軽い炎症が見つかって治療してもらって一安心。食べ物に口を付けない時は、お皿を持って追いかけ回したり。でも、猫は自分の体調を知っているので、食べたくない時は食べなくていいらしい。TORAは可愛いのだが、やはり人さまの猫だから気は使う。猫用ドアがないから、夜も帰る時間が気になった。猫は犬と違って「自由人」だが、ご飯の世話はしなくちゃならない。昼間はたいてい外の縄張りで遊んでいるようだが、ご飯の時は帰ってくるから。寒い時は家の中で寝たりもしていて、朝はニャーニャーと寝室に起こしに来る。このTORAとの日々は、息子にとっては毎日猫と暮らすいい経験になった。けれども、約束の期間が過ぎて無事にお渡しした時には、私はホッとしたものだ。なにしろお預かりもののTORA様だったから。
猫は環境に懐き、犬は主人に懐くという。こちらでは、犬を飼っている人が多い。主人を慕って見上げる犬の様子は可愛くもちょっぴり切ない。犬を飼っていれば、自分が求められているという実感があるだろう。ただ、犬は成長しない赤ちゃんのようなもので、ずっと世話し続けなければならない。毎日の散歩は欠かせないし、犬好きの人によれば、せいぜい独りにできるのは数時間だという。犬も誰に飼われるかによって幸不幸が分かれる。これも、子供と同じだ。他人の犬でも、あの直向きに主人を見つめて健気に従う犬を見ていると、時々胸がキュンとすることがある。野外レストランなどで、長い間ご主人様が知り合いと食事に興じている間、いい匂いを嗅ぎながらじっと我慢の子。自分も食べたそうにご主人様の方を見上げている。けれど、健康のためにだいたいは2食と決まっているらしく、何も貰えない。たまにちょっとだけ犬用のおやつをくれる主人もいて、その時は嬉しそうにモグモグしている。なんか見ていると、この子が幸せに暮らしているといいなと思ってしまう。
コロナの頃、ペットを飼う人が増えたという。けれども、寂しい時期が過ぎたあと、捨てる人もいたと聞いたことがある。可哀想な子達。とくに犬は人に懐くから痛ましいことだ。だから、犬を飼う時は、その子の一生の面倒を見る決心がなければならない。そうでなければ諦める。子供と同じだ。ただ、子供は育って物理的にいつかは独り立ちするが、お世話に関して犬はずっと赤ちゃんのようなものである。いっときの感情だけで飛びつくのではなく、じっくり考えたほうがいい。あ、これは結婚と子供も同じかも?
⇑ この上に「ペットとのエピソード」を書こう
▶ Rakuten 動物保護団体支援プログラム×はてなブログ #ペットを飼うこと 特別お題キャンペーン
by 楽天グループ株式会社