スイス山里COSMOSNOMADO

紅葉世代の異文化通信

眠りは癒し薬

今週のお題「睡眠」

朝日の当たるスイスアルプスの山

最近、枕元にアロマオイルを垂らした小さな石を置いている。オレンジの香りが心地よい。この香りに辿り着くまでにいくつか試してみた。ラベンダー、眠りに誘うというハーブのミックスなど。ラベンダーは落ち着く香りがする。ハーブミックスは、あまり気に入らなかった。たぶん、シナモンが入っていたからだろう。私は、昔からニッキ系が苦手だった。だから、八橋もあまり好きじゃなかったし、スイスのお菓子、バーゼラーレッカリもレーブクーヘンも好まなかった。ただ、今は、八橋もバーゼル銘菓のバーゼラーレッカリもそれなりに美味しいとは思う。このところ気に入っているオレンジのアロマは、やはり子供の頃の好き嫌いと関係しているかもしれない。小さい頃から「蜜柑娘」と呼ばれたくらい蜜柑が好きだった。とにかく、この石を枕元に置いて目を瞑ると気持ちよく眠りに入っていける感じがしている。そう、この「感じ」というのは案外大切な感覚だ。

睡眠は、人生の基本と言えるくらい大事なこと。考えてみれば、人生の3分の1から4分の1くらいは、眠っている時間である。この時間に、身体と心が修復されるのだ。睡眠がうまく取れなくなると、心身の調子が悪くなる。私も、長い人生の中でそんな経験をしたことがある。ちょっとした睡眠不足というのは何回もあるが、長期に渡るそれは辛い。まずは、出産後から授乳期にかけて。子供が生まれるまでは、眠る時間を左右するのは自分の事情だったが、子供を持ったらそうはいかない。赤ん坊は夜中に泣くし、授乳のために頻繁に起きなくてはならないから、眠りが中断される。少し大きくなってからは、通しで眠る子もいるが、我が子はあまり寝ない子だった。昼寝の時間も短かったので、こちらの夜の寝不足も補えない。でも、機嫌はいい子だったので、それは助かった。次は、子供が4歳くらいの頃だったか。息子がまだ3歳になるやならぬの時に、チューリッヒ市を挙げての大きなジャパンフェスティバルがあった。その中心となった美術館で働いていた私は、日本をテーマの展覧会とそれに伴う諸々の準備に関わっていた。インターネットなどはなくて、日瑞文化の橋渡しもけっこう手間がかかるものだった。小さい子供を育てながらだったから、終わった後にドッとストレスが出たのだろう。体調を崩して不眠になってしまった。疲れているのに眠れないのはきつい。今で言うバーンアウトの状態になった。後で聞けば、ずいぶんやつれていたらしい。辛口の知人などには、死相が出ているとまで言われたくらい。当時は、療養所での休養を勧める医者の処方も一般的ではなかったし、私もこちらが長くなかったので、あまり医者に自己主張をしなかった。けっきょく、まだ帰る実家があったので、子供を連れて3ヶ月ほど日本で静養することにした。子供の就学前で、日本の幼稚園に入れることも出来たし、毎日母語だけを話し、家事と子供の世話だけに集中できる生活はありがたかった。それに、あの頃の日本には、こちらと違ってまだまだホンワカとした空気があったものだ。こちらに戻ってからも本調子になるまでには時間が掛かったが、なんとか乗り越えることができた。次の不眠期は、息子が学校でいじめを受けていた時期。どうしたらいいものかと心悩ませている時は、深夜に目が覚めて眠れなくなってしまう。あの時間帯に目を覚ますとあまり明るいことは考えられなくなる。思い出せば、いろいろなことがあった。そして思うのは、やはり眠りは心身を癒す一番の薬だということ。ただ、悩みが深いと、眠りたくても眠れないのが問題なのである。

だから、この問題は手強いぞ、という予感がしたら、それが深くなる前に、まずは寝てから考えようと、気持ちを切り替えるようになった。いろいろあっても、命あっての物種。命を維持するためには、まず睡眠をしっかり取ること。寝覚がいいと、どこか気持ちも前向きになるものだ。