スイス山里COSMOSNOMADO

紅葉世代の異文化通信

山の彼方の空遠く

今週のお題「行きたい場所」

行きたい場所はいろいろある。ヨーロッパでは、スペインと北欧。アンダルシアには行ったことがない。昔から言葉の響きに惹かれていたのに。それから北フランスも行ってみたい。パリは好きで何回か行ったことがあるし、南フランスも2回ほど訪ねたが、北には行ったことがない。モン・サン・ミシェルは早くに行っておくべきだった。今は観光客で溢れているそうだ。同じく、スペインもそうである。バルセロナなどは、オーバーツーリスムへの反対運動があったくらいだ。日本もそうだけれど、旅行が安く手軽になったせいか、何処に行っても外国人観光客でいっぱいのようだ。

スイスはヨーロッパの真ん中にある。北はドイツ、南はイタリア、東にオーストリア、西にフランスと、四つの国に囲まれている。陸続きだから、ちょっと走れば外国で、バーゼルなどはドイツとフランスに国境を接していて、道をちょっと行けばそこはすでに外国。ドイツやフランスの方が物の値段が安いので、国境を超えて買い物に行く人も多い。また、ジュネーブにはフランスから毎日人が働きにくる。それと、外国と接しているせいか、スイス人は休暇で国外に行く人が多い。一般にスイスの人は旅行好きである。

その昔、ゲーテはイタリアによく旅をしたという。イタリアに行くためには、必ずスイスを通らなければならない。だから、チューリッヒにはゲーテが立ち寄ったレストランなどがあって、壁面にその旨の表示板が貼られていたりする。また、チューリッヒ湖畔の町リヒテルスヴィルにはゲーテが泊まったという館もあって、今も普通に人が暮らしている。言ってみれば、歴史的な家が普通に使われているわけだ。ゲーテには、作中にイタリアへの憧れを謳った「ミニヨンの歌」がある。中学の教科書だったか高校だったか覚えていないが、とっても気に入って暗唱していた。森鴎外の訳である。「レモンの木は花咲き、暗き林の中に。黄金色したる柑子は枝もたわわに実り、青く晴れし空よりしずかに風吹き、ミルテの木はしずかにラウレリの木は高く、雲に聳えて立てる国を知るや彼方に。君と共にゆかまし。」記憶に頼って書いているので、若干違うかもしれないが、こんな感じの歌だった。後年ゲーテの原詩を読んで、不遜にも森鴎外の詞の方がいいなと思ったりして。ただ、これは私が日本語を母語としているからに過ぎないのだが。訳詩といえば、上田敏の「海潮音」などは、彼の訳によって本国ではそうでもなくても、上田敏の優れた詩才によって日本では有名になったものもある。たとえば、カール・ブッセの「山の彼方の空遠く幸い住むと人の言う」で始まる詩など。

そうなのだ。人には遠くにあるものへの憧れがある。地平線の彼方には、もしかしたら此処より素晴らしいものがあるのではないかと。宮崎駿のアニメ「天空の城ラピュタ」の中で流れる歌の歌詞が秀逸だ。地平線の彼方への想いである。「この地平線懐かしいのは、何処かに君を隠しているから」ここが大事なところで、地平線の向こうには未知のものであっても、心の中で求めている大切なものがなければならないのだ。

今この地球には、心やさしい人々が大事にされて調和に満ちた国があるのだろうか。そんな場所があれば、地平線を眺めたときに憧れが湧くかもしれない。けれども、悲しいことに何処に行っても争いがある。その中で、心やさしい人々が苦しんでいる。今のアメリカのように傲岸不遜な者たちが敵対と分断を広げようとしている。でも、希望の灯を消してはいけないのだろう。いつの日か敵意と憎しみに支配されない国に行ってみたいと思う。