スイス山里COSMOSNOMADO

紅葉世代の異文化通信

エントロピーの法則への対処法

今週のお題「お風呂アクティビティ」

cosmosnomado作

実は、お題「わたしの体調管理法」のことを考えていて、週末に書いてアップしようと思っていたら、もうすでに、新しいお題に変わっていた。なるほど、日本時間の週末に切り替えということか。それと、思ったのは、週末の違い。日本のカレンダーはアメリカ式で、日曜日から週が始まるのを思い出した。スイスのカレンダーは月曜日から始まって、月曜日から日曜日までが一行になっている。つまり、はてなブログの編集部さんは、日本のカレンダーに従って、お題を土曜日に切り替えるのだろう。その上、私が居る場所の時間とは時差があるわけだ。

ということで、両方に渡る話題にしてみた。日本人のお風呂好きは有名だ。たいていの人は、毎晩お風呂に入る。自宅にお風呂がない場合は、町の銭湯に行ったものだ。映画「パーフェクトデイズ」でも、役所広司演じる平山さんの毎日の楽しみの一つが、仕事の後の銭湯だったから、今も銭湯文化は健在なのだろう。ただ、学生などが借りるワンルームマンションにも、ユニットバスが付いていると聞いたから、昔に比べれば少なくなってはいるのかもしれないが。

ヨーロッパには、日本のように毎日お風呂に入る習慣はない。日常ではシャワーが普通で、たまに湯船に浸かるくらいである。その湯船も、浅くて長い形なので、肩まで浸かろうとすれば寝るような形になる。あまり安定しない感じだ。ということで、お風呂好きの日本人には、肩までとっぷり浸かれる日本のお風呂が恋しいということになる。皆の話を聞いていると、帰郷のハイライトの一つは温泉を訪ねることみたいだ。たしかに、日本の温泉文化は懐かしい。日本は火山国だから、あちこちに温泉が湧き出ていて、それぞれの地方に名湯がある。温泉に入った後の一杯と食事の楽しみは最高だ。とは言うものの、帰郷したからといって、毎回温泉に行けるわけでもないけれど。

入浴は、体調管理にもいいものだ。できることなら毎晩ゆっくりお風呂に入って、一日の疲れを癒したいところである。とりわけ、一日の心身の疲れはその日のうちに解消するのが一番である。心の、というか精神的な疲れを侮ると、それが健康にとっては、なかなか手強い相手になる。身体の疲れだけならば、寝れば取れるが、精神的な疲れがあると眠れなくなる。すると、身体の調子も狂ってくる。つまり、悪循環である。

心と身体は連動しているから、心身の健康管理にはもうひとつ、身体を動かすのがお勧めだ。体調には、心の調子も含まれる。身体の調子がいいと、あまり落ち込まなくなる。私自身の体調管理法は、ゆるやかな運動を続けていくこと。ストレッチとヨガと筋トレを組み合わせた、毎日の「7分体操」と名付けた運動。1週間に一度のグループウオーキング。1週間に一度のEverdanceという、インストラクターの振り付けのもとで、参加者が一人で踊るソーシャルダンス。チャチャチャ、ルンバ、チャールストン、ワルツなど、なかなかの運動量である。この二つは、人とのコミュニケーションの場という利点もある。それから、思い立った時のスロージョギング。これは、だいたい1週間に4回くらい。私は、学校時代は体育系のクラブに入ったことはなかったし、ダンスは好きだったけれど、それ以外は特に運動が好きだったわけでもない。我流「7分体操」は30代の頃からやっていたが、50を過ぎてから体調管理のために一念発起して、スロージョギングとウオーキングを始めた。最初は、やらなくちゃというものだったのが、今では自然な習慣になっている。継続は力なり、とはよく言ったものだ。

そして、この紅葉の時期に大事になってくるのは、頭の健康である。意識と精神がどこにあるのかはさておいて、脳そのものは肉体だから、老化の問題は避けられない。適度な筋トレを続けていれば、体力低下の速度を落とせるように、脳トレも効果的だというのは、理にかなっていると思う。さて、それでは何をすればいいのか。最近は、90歳過ぎても頭脳の衰えがない人も多く、励みになる。そういえば、祖母は99歳で亡くなったが、頭の方はあまり衰えていなかった。日記というか日誌を毎日書いていた。書くという作業は頭を使う。考えなければならない。父は、残念ながら82歳の時にクモ膜下出血で急死してしまったが、最後まで頭の老化は見られなかった。定年後に囲碁を始めたり、俳句クラブや英会話グループに入ったりしていたりしたから、それも良かったのかもしれない。けれども、母も民謡や三味線、書道など色々やっていたのに、70代後半で認知症になってしまった。だから一概には言えないところもある。様々な要因の組み合わせもあることだし。ただ、多くの情報によると、受動的な態度よりも能動的な姿勢がいいらしい。それから、好奇心の有無である。好奇心は自然に頭を働かせる。ある現象に対して、想像力と探究心を持って、なぜだろうと考えてみるのは、頭の活動にとって大事なことだと思う。

最近、新聞で推理小説家のイングリット・ノールさんのインタビュー記事を読んだ。現在90歳。50代半ばから小説を書き始めて、人気作家となった。ドイツ語圏ではよく読まれている作家の一人である。作品の一つ Die Apotherkerin (薬剤師) は、映画化されているが、日本でも封切られたのだろうか?彼女はインタビューの中で「パソコンの前で物語を紡いでいる時が、いちばん幸せなんです」と語っている。想像力と創造力いまだ健在なり。テレビで若者世代のスラングっぽい言葉を聞くと、メモっておくのだそうだ。好奇心も旺盛なのだろう。それと、ユーモアのセンスのある人だ。90歳になられましたが、気持ちの上でも90歳だと感じますか?との質問の答えがなかなか面白い。「誰かがかつて、人は自分が夢の中で感じている通りの年齢である、と言ったことがあるんですが、私もそう感じています。夢の中では若くも老いてもおらず、ただ"自分"であるだけで、時間の枠を超えているのです。もっとも、最近ではMaterialermüdung (素材の疲労)と私が言っている"すばらしき現象"が、いくつか加わって来ましたがね。そればかりは否定できません、夢の中を除いてはね」と言う。ユーモラスでウイットに富んだ、老いを受け止める表現である。

好奇心と想像力、そして何よりユーモアの精神は、上手に歳を重ねていく上で大事なことだと思う。"Alt zu werden ist nichts für Feiglinge" という格言をこちらでよく聞く。直訳すれば「老いることは、臆病者にはできない」ということだが、「歳を取るには勇気がいる」とか、「老いるとは、勇者の仕事だ」とでも訳そうか。本当にそうだと思う。だから、ユーモアがなければ、歳を取るのもなかなか難しい。ユーモアの精神とは、物事を客観的に見られることではなかろうか。有機的なもの無機的なものを問わず、すべてのものはこの世に存在した時から、エントロピーの法則から逃れられない。歳を取るということは、エントロピーの法則の適用である。ノールさんのように、ユーモアを持って宇宙の法則に同調して、恐れずに味方につける勇気を持ちたいものだ。