
11月は、こちらでは気持ちが沈みがちになる人も多いようだ。暗くなるのが早いことと、霧の日が続くせいだと思う。チューリッヒとその近郊は、太陽の見えない日が多い。だが、霧の上は晴れていることがよくあるので、機会があれば、人々はこぞって標高の高い場所に出かける。チューリッヒから電車で1時間ほどのアインジーデルンなどもそんな場所の一つだ。シュヴィーツ州にある大聖堂と修道院で有名な町である。霧に覆われた土地を抜け出して、標高およそ880メートルの町への道中、車窓の眺めが突然開けてくるのが爽快だ。
一方で11月には、そのどんよりとした暗さに明かりを灯すような行事もいろいろある。有名なものの一つは、チューリッヒ湖沿いの町の蕪祭り。この町の蕪祭りは長い伝統のあるお祭りで、近隣だけではなく、遠方からも見物客がやってくる。11月初旬の土曜日に行われるこの行事のために、11月に入ると町を挙げての準備が始まる。町には、地域伝統協会だったり、スポーツ関係のクラブだったり、文化交流クラブだったり、いろいろな団体があるが、それらが総出で参加する。町役場が調達した蕪が配られて、それぞれが意匠を凝らした山車を作る。その年の有名人だったり、話題になった出来事だったり、テーマは様々だ。中をくり抜いて蝋燭を入れた蕪を看板に掛けて、大きなオブジェを制作する。そして、当日はその山車を引いて町の目抜き通りを行進する。地元の幼稚園や小学校の児童たちも、クラスごとに、それぞれが自分でくり抜いて明かりを灯した蕪の提灯を下げて、行列に加わる。中をくり抜いただけではなくて、表面に凝った模様をあしらった蕪もある。始まりの夕方6時になると、行列の通りに面した家々は一斉に電気を消すのだが、それぞれの家の窓には、蝋燭を灯した蕪がズラッと置かれていて美しい。見終わった後は、見物客たちは屋台の焼きソーセージやホットワインなどを楽しむ。ただ、最近は小さな町に人が押し寄せすぎて、その対策に頭を悩ませているようだ。
いよいよクリスマスまで4週間たらず、アドベント、降臨節の季節である。家庭では、アドベントキャンドルが灯される。最初は1本、次の週にもう1本、またもう1本、そして最後の週には、4本全部のキャンドルに火を灯す。町や村はイルミネーションに彩られる時期だ。
チューリッヒ中央駅から湖までまっすぐ伸びた目抜き通り、バーンホフシュトラッセの空には、Lucy in the Sky with Diamondsと名付けられた電飾が煌めく。私がこちらに来てから、3代目のイルミネーション。初代を見たときの感激は忘れられない。空いっぱいに無数のオレンジ色の小さな豆電球がキラキラと輝き、星降る街とは、まさにこのことかと見惚れた。と同時に、異国に来たのだなという実感が湧いたものだ。その後、使い古されて傷んできたことと、電力を食うことを理由に、蛍光灯に変わった。芸術的ではあるが、氷柱のように空から垂れ下がる筒型電灯は冷たい光を放ち、寒くて暗い夜をいっそう際立たせた。案の定、あまり評判はよくなかったようだ。数年後に今のイルミネーションに取り替えられたのは、それもあってのことだろう。節電のためにLED照明で、控えめな煌めきが、その名の通り空に宝石を散りばめたようである。
クリスマスマーケットも各地で開かれて、気分を盛り上げる。有名なマーケットはいくつがあるが、たとえば、チューリッヒ中央駅広場の市は、電車の乗降客もあって大変な賑わいだ。降臨節の間、たくさんの屋台が並ぶが、服飾品や小物雑貨を売る店に混じって、食べ物の屋台もある。焼きソーセージやラクレット、クレープなどの定番の食べ物はもちろんのこと、アジアンフードの屋台もある。そして、何と言っても欠かせないのが、ホットワイン。赤ワインに、グローブやシナモン、その他いろいろな香辛料、オレンジやレモンを入れて沸かした冬の飲み物だ。寒い屋外で飲むには打ってつけである。友達との待ち合わせや、電車待ちの時間にちょっと一杯。マーケットは、中央駅だけではなく、旧市街にも立つ。駅から、リマット川右岸のニーダードルフ通りの屋台を覗きながら、チューリッヒ湖近くのオペラ座に向かうのも、風情のある散策路だ。石畳の暗い街並みが、イルミネーションに淡く照らし出される。オペラ座前の広場も、大きなクリスマスマーケットで賑わう。ただ、今年は現金を受け付けない、という話も聞いたが、どうなのだろう。市によって違うとも聞いたが、まだ何か買っていないので、わからない。すべてがデジタルになってしまうのは、何だかなあという気がする。
12月6日は、子供達にとっては特別な日。サンタクロース(St.Nikolaus)がやってくる日だ。シュムッツリ(Schmutzli)と呼ばれる、顔中を煤などで黒くして、黒っぽい装束を纏った怖いお供を引き連れ、胡桃や落花生、蜜柑や焼き菓子などを入れた大きな頭陀袋を担いでやってくる。村や町の広場に来るときは、たいていロバも一緒だ。行列で練り歩くところもある。サンタクロースは、小さな子供がいる家庭にもやって来る。親たちは、オーガナイスでけっこう忙しい。まずは、サンタさんを探しておかなければならない。たいていは、親戚の男性や、友人知人に頼むことが多い。そして事前に、自分の子供の学校や家庭での様子を知らせておく。一方で、子供達には、サンタクロースの前で披露する詩や歌の準備をさせる。我が家も、子供が小さかった頃は、12月6日は特別な日だった。ありがたいことに、息子のゴットファーザーに、ちょうど同じ年頃の男の子が二人いたので、いつも呼んでくれて一緒にお祝いした。彼は地元育ちで顔が広いので、たくさんサンタさん候補を知っている。我々親が事前に渡しておいたメモをもとに、褒めたり注意したりするサンタクロース。その前に神妙な顔をして座っていた小さな男の子たちの姿が、今も懐かしく目に浮かぶ。
あどけない子供たちのことを思う。キリスト教の国では、クリスマスが一年の最大の行事。イエスは、何よりも愛の心を説いたというではないか。ロシアでもミサが行われてプーチンだって教会に行くだろう。イエスの誕生を祝いながら、戦争を続ける。今年のクリスマスこそ、ウクライナでの戦争が終結することを強く願っている。