今週のお題「チャレンジしたいこと」

ギターを始めたことは、前にも書いた。冬眠期間を経ての再チャレンジである。今度こそは、一生の友となりそうだ。まず、毎日ちょっとでもギターに触るようにしている。こうして、すきま時間に練習とも言えない練習をしていると、やはり指が少しずつ滑らかに動くようになっていくのを実感する。気のせいか、前よりいい音が出るようになって、そうするともっと弾きたくなってくる。よし、いいループに入ったぞ、なんて自分を励まして、今年も更なるチャレンジだ。
音楽療法というものがある。どういうメソッドがあるのかはよく知らないけれど、音楽が心を癒してくれることはたしかだ。聴くのもいいが、自分で楽器を弾いてみるのは、行動的な一つの療法になるだろう。私の場合で言えば、ギターを爪弾いていると、その音色が心身の不調感を吸い取ってくれることもある。心ごと音の世界に吸い取られていくというか。体調が今ひとつの時は、自分にはマイナーコードが、かえってしっくりくる。Am、Dm、Emをいろいろなアルペジオパターンで弾いていると、心の中から何かが湧き上がってきて、メロディーになっていく。この三つでもいいのだが、何かもうひとつ加えたくなっていたところ、E7を入れてみたら少し広がりが出た。ただ、最後はAmで終わるのが腑に落ちる。コード進行のパターンというものがあって、それぞれ王道進行 (C, G, Am, F) (F, G, Em, Am)、カノン進行 (C, G, Am, Em, F, C, F, G)、50's進行 (C, Am, F, G)、循環コード (C, Am, Dm, G) など、いろいろあるようだ。ただ、心身がすぐれない時は、マイナーコード中心でまとめた方が、やはり私としては気持ち的に落ち着く。考えてみれば、心の声を音に乗せていくという作業は、けっきょく作曲に通じるのかもしれない。便利な世の中、自分の心の中の音をギターに乗せたものを吹き込んでおくのも、今年のいいチャレンジかもしれない。趣味は楽しみながらやっていくのが、長続きのコツである。
けれども、音楽活動を仕事にしている人は、苦しいことも多いだろう。楽しみだけではいかない世界だ。好きで始めたことも、仕事となるとまた違う。知り合いに、シンガーソングライターとして、歌とギターの活動をしているスイス人の若者がいる。コンサートはけっこうしているし、ラジオに彼の歌が流れていたこともあるが、その道一本で暮らしていけるようになるには、なかなか大変そうだ。暮らしのために違う仕事もしている。本当は、音楽の道だけに専念したがっていたのだが、諦めることも考えているらしい。今の時代、やりたい人、実力のある若者はたくさんいるから、最終的には運がものを言ってくる。芸能活動をしたい人間が多くなかった時代、たとえばテレビの初期などは、競争が少なかったと思う。だから、実力はまあまあでも、一度チャンスを掴めば、あとはやりながら能力を磨いていけた。ところが、今はそうはいかない。アーティストと呼ばれるようになって、社会的にも地位が上がった分だけ、なりたい若者も格段に増えた。ただ、昔と違ってSNSを通じてブレイクする可能性はある。彼もファンを増やすために、インスタに毎日アップしているが、それも手間ひまかかるものだ。いずれにせよ、一部の人間を除いて、芸能活動で生計を立てていくのは難しいことだ。
芸能活動と社会の中での位置といえば、ある親戚の男性の話を思い出す。親たちが集まった時に話していたことだ。昭和30年代、もうずいぶん昔のことである。その人はギターと歌が好きで、田舎の家を飛び出すような形でバンドのグループに入って、ナイトクラブで演奏をしていたという。あの頃は、アーティストなどという言葉はなかったし、バンドマンと呼ばれる夜の仕事は、いわゆる"カタギの仕事"とは見られていなかったらしい。けっきょく、田舎の親からキツく言われて"フツウの仕事"についたのだそうだ。胸を突かれたのは、その人が急死したあとに残っていたカセットテープの話だ。そこには、自分の演奏と歌が吹き込まれていたという。もう年月が経って、彼も中年になっていた頃だ。まるで自分が舞台に立って演奏しているかのような録音テープだったという。音楽の夢をずっと捨てきれなかったのだろう。今の時代だったら、自分でYouTubeにチャンネルを作って、発表の場とすることもできたのに。好きなことは、取り上げられてもどこかにずっと残っているものなのだ。
我々紅葉世代は、昭和のアナログ時代も経験したし、また、この令和のデジタル新時代でも、現在進行形で活動している。まだまだいろいろなチャレンジの可能性がある、と考えるのは励みになる。