一昨日は、憲法記念日だった。日本には平和憲法があって、そのおかげで、今まで他国の戦争に巻き込まれることもなくここまでやってきた。だが、今は、戦争のできる国に向けて改憲の蠢きが大きくなっているという。それも、政府自民党やそれを補完する政党によって、今までになく声高になっているらしい。本来なら、国家公務員には憲法を遵守する義務がある。だから、首相や閣僚が改憲を主導することなどできないはずだ。しかし、国会での多数派になって、歯止めが外れたようだ。
先日、書き物の整理をしていたら、6年ほど前に書いたコラムが出て来た。当時はまだブログをやっていなかったので、書いたものはそのまま引き出しにしまっておくか、折に触れて、興味のありそうな友人に送るかしていたぐらいだった。あら、こんなエッセイがあった、と改めて読み返してみる。今でも変わらない状況というか、むしろ切迫していることに、なんとも言えない思いがした。それで、当時の記事をこのブログに載せておきたいと思う。以下は、2020年5月に書いた文章である。
「ルモンド紙の記事を読んだ。タイトルは、「日本における自己責任」。この30年ほどの日本社会の変化が書かれている。記事は、2004年にイラクで人質になった18歳の青年の解放を巡って巻き起こった自己責任論とバッシングから始まり、現在に至るまでの格差社会の広がりについて考察されている。バブルの崩壊後から、終身雇用制が徐々に無くなる方向へ進み、成果主義が謳われるようになった。敗北者は努力が足りないからという自己責任論。貧困者への政治からの支えや社会的連帯の視点が失われていった30年。
この変化に関しては、バブル前に日本を離れた者として実感している。日本に暮らしていなかったので、その前の日本社会の感覚が冷凍保存されているのだ。1980年代始め頃までは、日本は「一億総中流」と大宅壮一が呼んだように、貧富の差が比較的小さい社会だった。それは、戦前の反省を持って築かれた社会だ。戦前は富める者と持たざる者の格差が大きかった。敗戦後、日本の社会構造は一変した。
戦後の焼け野原から始まって、みんな貧しい時代から、徐々に経済成長し高度成長時代に入った。それを支えていたのは、戦争中に兵隊として、また銃後で辛酸を舐めた世代だった。彼らはある意味、戦争に進んでいった政治に責任を持たない世代である。子供だったからだ。大人が、それも一部の特権階級の人間たちが決めた法律によって、戦争の犠牲になった若者たちだ。彼らにとって、日本国憲法は僥倖だったろう。その憲法の下で、すべての人間は平等に生きる権利があるという意識を持って、皆が経済的にも豊かになろうとしてきた。政治家も、ほぼ自ら戦争の悲惨を体験した者たちだった。そういう意味で、日本の政治に関してはある意味の安心感があった。自民党はいろいろ揶揄されてはいたが、派閥政治によって修正の可能性があり、保守でありながら社会民主主義的な政策が主流を占めていたように思う。だが、小泉首相になってから、郵政民営化をきっかけに自民党内の独裁が始まり、経済政策も新自由主義に移行して、貧富の差が格段に進んでいった。
日本を出るまでは、選挙には行っていたが、政治に対して格段の興味は持っていなかった。私の目覚めは小泉政権になってからである。家人に、何故急にそんなに日本の政治に関心を持ち出したのだと言われたことがあるが、まさに、この格差政治が始まったからである。それまでは、親の世代の政治家が中心になっていて、首相まで上り詰めた者は、それなりの人物であった。それに疑問符が付いたのが1990年代の半ば過ぎからである。特に、小泉政権になってからは、改革の名の下に弱者切り捨ての政策が推進され、それを引き継いだ安倍政権によって益々日本社会の長所が壊されてきている。改憲はその総仕上げになるもので、日本社会を守るためには、なんとしても阻止されなければならないと考える。」
安倍政権から改憲の動きは活発になっていったが、今まさに高市政権になってそれが本格化しているようだ。この人にだけは憲法をいじらせていけない、と思う。昭和100年式典が話題になっていたので見てみたが、なんと言えばいいものか。。。戦前も含めて昭和を生きた先人たちと歴史への敬意が全く感じられない式典だった。言ってみれば懐メロ歌謡ショーだった。高市氏は、音楽に身を揺すり手を振り動かしながら、大変ご満悦の様子だったが、ああいう場での首相には、あるまじき振る舞いだろう。訪米の時に見せたように、軽率で場をわきまえない人物であることが、またもや露呈してしまった。そもそも、この式典のシナリオが企画提出の段階で通ったことが理解できない。一時が万事で、何事も深く考えることなく「強い日本を」と叫びながら、改憲に突き進もうとしているのか。あるいは深く考えて、憲法を変えることによって何らかの野心を成就させようとしているのだろうか。60も半ばに手の届こうとする女性を、子供を躾けるように諭さなければならないなんて、いやはや。。。「少しは歴史の勉強をしなければいけませんよ。自分のことばっかりじゃなくて、他の子のことも考えるんですよ。嘘をついてはいけません、約束はちゃんと守るのですよ」と。もし憲法に緊急事態条項が加えられたら、永久にこういう類の人物が首相の座に居座ってしまう危険もあることだろう。日本には、優秀で国民のために働く気概のある人物は、まだまだ他にいるはずなのだ。今こそ、宝は発掘されるのを待っている。
今のこの時に憲法をいたずらに変えることに反対している人たちは、沢山いることだろう。国会で多数を取ったからといって、選挙の仕組みを考えれば、それが民意というわけではない。ただ、政権を握れば、金と力でいくらでも情報操作をすることができる。人気のあるインフルエンサーを使って、世論を誘導することもできるだろう。でも、本当に何が大事なのか考えてみてほしい。災害大国日本、食糧とエネルギー輸入大国日本には、今の時点で憲法を変えることが必要なのですか?今すぐ取り組むべきことがあるのではないですか?日本は、石油に頼っている中東や、食料や原料に頼っている近隣諸国とうまくやっていくことが、命を繋ぐことではないのですか?と。憲法改定ではなく、賢い外交こそが、日本が今を生き延びる道ではないのかと思う。