スイス山里COSMOSNOMADO

紅葉世代の異文化通信

ファドダンスセミナーに参加して

セミナー会場

ノルウェーの旅をまとめる暇なく、ドイツに行って来た。こちらは、旅行ではなくて、ダンスセミナーへの参加。今日は、そこで体験したり思ったりしたことなどを少し書いてみたい。

スイス人の友だちに誘われてダンスのセミナーに参加してきた。彼女は長年、民族舞踊をベースとした瞑想的なサークルダンスを主宰している。そして、時々、彼女の先生がドイツで行うダンスセミナーにも参加している。場所は、カールスルーエ郊外の宿泊施設のあるセミナー会場である。カールスルーエは、ドイツとの国境の街バーゼルからは2時間弱の近さだ。西欧の真ん中にあるスイスは、近隣諸国へのアクセスがいい。だから、友だちは年に2、3回は、ブラッシュアップのためにそちらに行っているらしい。彼女は、もともとは今の先生の母親が広めたサークルダンスを習ったのだそうだ。たぶん1970年代にドイツで生まれた「踊りの瞑想」をルーツとしているダンスだと思う。その後、その娘さんが独立して新しいコンセプトのサークルダンスを始めて、今はその先生に習っている。今回のセミナーは、ポルトガルのファド音楽からインスピレーションを得て、彼女の先生が振り付けしたダンスだった。私は、ジャズダンスや社交ダンスが好きだし、大昔の話になるが、フラメンコダンスもちょっと齧ったことがある。だが、ファドはよく聴くけれど、それに合わせて踊るというのは初めてだった。ファドとは、ポルトガル語で宿命という意味だそうだ。アマリア・ロドリゲスが世界的にファドを広めたと言われる。今は、マリーザという女性歌手が、人気の歌い手の一人である。ファドはまたギターの演奏がいい。歌い手の情感を時に激しく、時に切なく盛り上げる。今回のセミナーの選曲がまた素晴らしかった。男手を取られて残された女性たちが歌う生活の歌とか、故郷を懐かしむ曲とかもあって、哀切なメロディーが心に染みる。

ドイツやオーストリア、スイスから来ているセミナーの参加者は、長年サークルダンスをやっている人が大半で、中には、自分でグループを持って教えている人たちもいた。サークルダンスは、たいていステップにパターンがあるので、覚えてしまえば難しくはない。ただ、手を繋いで輪になって踊るので、慣れは必要である。人と人との一体感を育み、平和や調和を体験することも趣旨のようだが、人によって手指から伝わってくる感覚というか、気の流れが違うのが面白い。また、5日間も一緒にいると、その人の個性も段々とわかってくる。

そう、合宿だから、朝から晩まで仲間たちと一緒に過ごすことになる。8時から朝食、そして9時過ぎから午前のダンスが始まって、休憩を挟んで12時少し前まで踊る。昼食を取ってから2時間ほど昼休みで、その後少し曲目やステップについての講義があって、また18時の夕食まで踊る。そして、夕食後19時半から21時までまたダンスの時間だ。その度に、グループの仲間たちと顔を合わせるわけだ。夏休みの集中ダンスコースは、ウェブサイトを探したらいくつかあった。ただ、ほとんどがホリデーを兼ねたコースで、たとえば、地中海の島などで、午前中はダンスをして、午後は自由時間とかハイキングのプログラムだったり。私は、インテンシブにダンスをするのが目的だったので、「こういうのがあるわよ」と、友だちが勧めてくれたのだ。

1日に3回食事を共にしたり、休憩時にコーヒーをしたりすれば、いろいろな話にもなる。それも興味深かった。たまたま、政治の話にもなった。会場の近くに美味しいベーカリーがあって、買いに行く人もいた。それがきっかけで、子供の頃に家がベーカリーをやっていた人が、思い出話を始めた。その人のお祖父さんはドイツ軍に召集されて、お祖母さんは家族を守って大変だったそうだ。秘密裏にユダヤ人を庇ったこともあったという。お祖父さんは、対ソ前線に送られたところだったが、戦闘で大きな戦傷を負って前線から戻された。対ソ連戦は過酷を極めたから、ある意味不幸中の幸いだった。ドイツでは、今も学校の歴史の時間にナチスの所業について教えられ、当時の反省が続いているそうだ。彼女も祖父母や両親から戦争の話を聞いたという。一方で、別の人もドイツ人だったが、戦時にもう大人だった彼女の両親は、戦争のことは一切語らなかったと言った。私は、近年台頭してきた極右政党のAfDが国民の間でどう受け止められているか聞いてみた。この党は、主張に矛盾を抱えている。たとえば、党の公式見解ではナチスを否定しているが、党内にはその行為を矮小化しようとする政治家もいる。また、伝統的家族観を語り同性愛に批判的だが、共同党首のアリス・ヴァイデル氏には同性のパートナーがいて、一緒に子供を育てているという。そのことについては、党内では誰も表立って言及しないのだそうだ。この人の伴侶はスイス国籍を持つ移民で、ヴァイデル氏はスイスに住居を構えているので、それがスイスでは話題になっている。主張に矛盾を抱えている党首だが、話してくれた人によれば、この党の支持拡大の背景には、民衆のドイツ社会民主党への失望があるのそうだ。自分たちが見捨てられたような思いを持った労働者たちが、AfDに乗り換えたことも軽視できないということだった。アメリカで民主党離れが起きてトランプが勝ったのにも、似たような流れがあったと思う。日本の政治のことを聞かれたので、ちょうど国会で俎上に載っている皇室典範の問題について話した。初の女性首相が、よりによって女性天皇を否定する皇室典範改定の旗振り役をしていると言ったら、皆一様に驚いていた。女性なのに、今の時代に男尊女卑の側に立つトップが奇異に映ったことだろう。

最後に、先生がお茶の時間に笑いながら言ったことが頭に残っている。彼女は、子供の頃から舞踊と共に歩んできて、外国にも呼ばれてサークルダンスのセミナーをしている。このダンスを通して、大きく言えば、世界中の人々が他者との間に平和と調和を育んでいけたらという理想があるらしい。大きくなった娘に「まあ、夢でも見てなさいよ」と言われたと、大声で笑っていた。娘さんは、愛情を込めながらも、このシビアな世界で夢を見ているような母親を揶揄ったのだろうが、人が理想を持つことをやめたら、世界はとっても乾いて住みにくいものになってしまうだろうな、と思ったことである。

 

メモログ4

白夜

ブログともすっかりご無沙汰してしまった。久しぶりに旅に出たからである。行き先は、ノルウェー。先週の土曜日に戻って来たら、スイスは猛暑だった。意図したわけではないのだが、結果的に避暑に行っていたことになる。ノルウェーでは、最後のオスロ2日間を除いて、たいていレインコートと、時にはダウンが必要なほどだったが、戻って来たらなんと37度の暑さ。6月にスイスで37度とは、異常気象である。フランスやドイツはもっと酷いらしい。パリなどは40度を超えたとか。帰りの直行便のキャンセルで、急遽変更して飛んだ経由地のフランクフルトは39度だった。まさか中央ヨーロッパで酷暑とは。地震や洪水、地球が今までにない段階に入ってしまったようだ。「The Day After Tomorrow」という映画のような世界になりそうで、今こそ人類一体となってなんとかしないとならないのに。嘆かわしいことに、戦争をやって益々環境を破壊している。とんでもない人間たちが世界を牛耳っている。80年に渡って平和が続いた日本まで、低級な考えを持つ政治家たちに汚染されようとしている。ノルウェーの旅については、改めて書くつもりでいるが、今日は取り敢えず、気になることをメモしてみたい。

ちょうどノルウェーに出かける前に行われた国民投票について。「人口1千万人のスイス反対」案が否決された。それも僅差ではなくてはっきりと。もし賛成になれば、イギリスのブレグジットのようになるかと心配の声もあったが、国民は反対の意思を示したわけだ。ブレグジットに関しては、投票してから後悔した人が多かったそうだ。無責任に事実とは違うことを煽るだけ煽って、国民を誘導した。ボリス・ジョンソンなどもその一人だった。スイスの国民投票のいいところは、両方の意見がきちんと説明されること。新聞でも盛んに取り上げられるし、テレビでも討論番組がある。送られてくる投票用紙が入った封筒には、議題について丁寧に説明したパンフレットが同封されている。そこには、提案者側の意見と反対者の意見、そして、連邦政府はこの提案について賛成なのか反対なのかが書かれている。ドイツ語がよくできない人のためには、やさしいドイツ語で書かれたパンフレットもあると聞いた。皆んなが皆んな政治に関心があるわけでもないだろうが、スイスでは政治は生活と直結しているという意識があるから、報道も熱心である。日本とはだいぶ違うようだ。日本では、政府はなるべく国民に知らせないようにして、自分たちの思う通りに法案を通したがっているようだ。議会制民主主義にあるまじき態度である。ただ、これほど酷くなったのはここ10数年ほどのことだと思う。議会で多数を取れば独裁ができると思っているのか。とんでもないことである。

皇室典範の改正が問題になっている。このことについては前回も書いたが、これは日本に取って大変大きなことである。国民の8割以上が愛子天皇を望んでいるのに、政権は全く聞く耳を持たず、ひたすら自分たちの案を進めようとしているらしい。しかし、何がなんでも男でなければならないというのは、時代錯誤感も半端じゃない。天皇陛下のお子様であっても、女だからダメで、遠く離れた血筋から男の子を養子にして、その養子の子が男だったら皇位継承権があるとは、全く解せない話だ。愛子内親王が天皇になったら結婚できないなどと言う発言も飛び出したと言う。この人たちは皇室乗っ取りの計画を立てているのだろうか。何が狙いなのだろう。天皇陛下は婉曲にこの案に納得できない気持ちを述べられている。国民が納得するものに、と記者会見で語られた。訪問されたオランダ・ベルギーでは、それぞれの長女がともに女王になる予定だ。そう言う意味で、このご訪問は象徴的だったと思う。天皇家は当事者なのに、自分たちの行く末について何も言えないというのはどんなお気持ちだろう。上皇陛下が退位を望んだときのように、何か発信ができないものなのか。宮内庁は何をしているのだろう。ここで最も違和感があるのは、初の女性首相が女性天皇に反対していること。その話をこちらの人にしたら、首を傾げていた。皇室問題を深く考えたことはなかったが、現在進行中の諸々を見ていると、深く考えざるを得なくなる。考えれば考えるほど、この男尊女卑思想に染まった人間たちに強い違和感が増す。初の女性首相は、実は女の敵だったのか。日本を世界の中心で輝く国にしたいそうだが、これでは笑い者になるだけではないのか、と思ってしまう。

 

今ちょっと心配な故郷の国

四つの森の湖

また夏が来る。子供の頃の夏休みを思い出すと懐かしい。今思えば、長閑な時代だった。私が育ったのは、人々が平和こそ一番大事だとつくづく思っていた時代である。

昭和は戦争を挟んで二つに分かれる。「もう戦後ではない」と言われた時代でも、社会の中心にいる人たちは、戦争の辛酸を身をもって体験した人たちだった。だから、二度と戦争は嫌だ、絶対にするまい、というのは、誰もが思っていたことだった。日本国憲法は、戦争で命を奪われた人たちへの鎮魂歌だと、誰かが語っていた。基本的人権と言論の自由の保障、非戦の誓いが込められている。そんな憲法を「みっともない憲法」と言った政治家がいたが、みっともないのはどちらだろう。

日本を離れて故郷を見ていると、その変容ぶりに驚かされる。戦争反対が当たり前に言えなくなる世の中はおかしい。世界の振り子が、愚か者たちのせいで変な方向に大きく振れている今だからこそ、あの憲法を持つ日本の出番だろうに。ところが、日本でも愚か者の声が大きくなってしまったようだ。歴史の知識も教養もなさそうな人間たちが、はったりだけで政権を牛耳っている。寝る間もないほど国政に取り組んでいるとアピールしている女性がいるが、それは逆に言えば、能力不足でその器じゃないと自ら告白しているようなものである。それに、かなり卑劣なやり方で票を集めた事実が明らかになりつつあるようだ。どこか誰かの思惑と、自分の権力欲だけでその地位に付き、日本と国民のための政治ができない方には、ご退場願いたい。

それにしても、こちらで長年暮らしていると、日本人はあまりにおとなしいと思う。ダメなものはダメと声を挙げなければ、気がついた時には、声を挙げられなくなっているかもしれないのに。歴史を見ればいい。この十数年来、報道の自由度が随分と下がっているようだ。昭和のジャーナリズムはもっとしっかりしていた。たとえば、黒澤映画の新聞記者の追求場面などを見ると、今との違いに驚かされる。

国民はどこで声を挙げていいのかわからないもどかしさもあるだろう。間接民主制だから、選ばれてしまえば、倫理観がない政治家などは、約束を反故にしてやりたい放題もできる。その点、スイスには直接民主制を支えるイニシアティブとレファレンダムという制度がある。これが、市民の政治参加とチェック機能として働いている。ジャーナリストたちも厳しい。しかし、日本でもジャーナリズムがきちんと機能していれば、国民の声が汲まれて、間接的でも政治に反映できるはずなのだ。

国民の意識と為政者の乖離は、皇室典範の改正を巡っても大きいようだ。週刊誌や新聞の調査などでは、大半の国民が女性天皇を望んでいるというのに、政治の方では、いまだに男系男子論をゴリ押ししているらしい。憲法には、国民の象徴である天皇は世襲で受け継がれるとある。男女の別はない。そして、今上天皇にはお子さんがおられるのだから、憲法によれば愛子内親王が次期天皇になるわけだ。それが、どうして傍系の男子に系統がずれるのだろう。ましてや、民間人である旧宮家から男子を養子にするという案など、大半の国民には受け入れられないだろう。これが通れば、もはや皇族を敬う根拠がなくなる。男子の血筋なら万世一系というのも怪しい。今の時代に皇室を存続させたければ、象徴となる方の人格によらなければ難しいだろう。これからの時代は、むしろ平和を希求する女性性が求めれらている。日本に女性の皇太子が現れることは、世界的に見ても、失われた日本の復興の象徴となるだろうに。今の政権を見ていると、本当は日本の繁栄や国民の幸福など望んでいないのでは?とさえ思えてしまう。この人たちはいったい何をやりたいのだろうか。心配なことである。

もうすぐ、趣味の音楽仲間のコンサートがある。今回私が歌う曲の一つは「ダニーボーイ」。1番はオリジナルの英語で歌うけれど、2番は日本語で歌うつもりでいる。訳詞ではなくて、こんな歌詞を作ってみた。

琥珀の瞳影さして、祈りを捧ぐる子よ。草原の輝きさなか、明日をも知らぬさだめ。なにゆえ、命の盛りを奪われねばならぬのか。待ちても光来ぬものを、目覚めよ愛のためにこそ。

 

メモログ3

また一週間が過ぎた。今日は、今週ちょっと心にとまったことをメモしてみたい。

1.  久しぶりにコンサートに行った。チューリッヒには、Tonhalleという大きな音楽堂がある。そこでの演奏会だった。タイトルは「千夜一夜物語 <シェヘラザード>」というもの。ムソルグスキーの「モスクワ川の夜明け」、ラフマニノフのピアノ協奏曲第2番、そして最後に、眼目となるニコライ・リムスキーの「シェヘラザード」交響組曲が演奏された。私は、ラフマニノフのピアノ協奏曲第2番がとても好きなので、聴きに行った。スイスの若き新進気鋭のピアニスト、シモン・ビュルキの演奏が素晴らしかった。万雷の拍手で、2回もおまけの演奏をしてくれた。ロシアの曲だったからか、ふっとあの戦争のことが頭をよぎる。才能も将来もある若者が、誰かの思い込みと権力欲のために戦争に駆り出される理不尽に胸が詰まった。

2.  新聞に、デジタル疲れのエッセイがあった。まさに、現代人のメンタル問題の大きいところだ。筆者は、すぐに返事をしないと良心の呵責を感じて、疲れ果てていると書く。例えば、友達が電車待ちの時間に、チョコっと他愛のないことを書いてくる。それでも、返事をしないと無視しているようで悪いかなと思うから、チョコチョコと時間を取られる。少し返信が遅れた時は、返事が遅くなってゴメンと書いてしまう。グループチャットなどは、それぞれがいろいろ送るから、返信が大変だ。わかる。私が入っているあるスイス人のグループも、ワッツアップでやり取りがある。必要事項の伝達だけならわかりやすいのだが、個人的な休暇の写真も混ざっていて、それにまた「楽しんで」というそれぞれの反応が入る。すると、伝達チャットを探すのに、だいぶスクロールしなければならなくなる。誰かの提案で、グループの伝達チャットと、お喋りチャットの二つのアカウントが出来た。でも思うのは、みんな伝えたいことが沢山あるのだなあ、ということ。スイス人は旅行好きだ。秘境に行ったとか、珍しい写真を見せてもらうなら興味深いだろうけど、ただ、景色のいいリゾートビーチでカクテルを飲んでいる写真を送ってもらってもね、というのはある。

3.  6月14日には、大事な国民投票がある。スイス国民党 (SVP) の「持続可能性のイニシアティブ」だ。「1000万人のスイス反対 」とも言って、移民の制限を提議するイニシアティブである。社会党 (SP) の連邦参事で、司法大臣のヤンス氏は、この「有害で危険な」発議に警鐘を鳴らしているという。新聞にそのインタビュー記事が出ていた。印象的だったのは、もしこの発議が国民投票で賛成多数になれば、スイスのブレグジットになりかねないと言っていることだ。スイスの人口増加はめざましい。それは、長年スイスに住んでいる私も実感するところである。昔を知っている者にとっては、ちょっと人が多過ぎじゃない?と感じるのはよくわかる。チューリッヒなど大きな都市の住居不足は深刻だ。SVPは、それを煽る。この党は、国民の感情的な部分に火をつけるのが得意だ。だが、この住宅不足は、人口が増えていることによるよりも、銀行や保険会社が住宅で儲けることに目を付けているというのにもあると思う。このことについては、時間のある時にじっくり考えてみたい。いずれにしても、6月14日は、EUとの関係で、スイスの命運を決める日になるかもしれない。

 

メモログ 2

今日は、最近のニュースを見聞きして、思ったことや思い出したことを二つメモしておこう。

1.  昨日、スイス人のお友達とチューリッヒ湖畔の町ラッペルスヴィルを訪ねた。数日前に、その町の駅で、長年の間Surpriseというストリートマガジンを売っている男性についての記事を読んだところだった。この雑誌は、SurpriseというVereinが発行している。ホームレスや失業者のための、就労支援の社会的プロジェクトの一環である。販売者には、学歴や資格や経験は必要ない。売る人は、この雑誌を安く仕入れて、定価で売って、その差額が収入になる。売るという仕事を作って、自立した生活を助ける目的なのだそうだ。新聞に出ていた男性は、現在70歳で、2年前に書いた本がベストセラーになった。そして今、第2作目を世に出した。この本の売れ行きもいいそうだ。彼は、長年印刷会社で働いていたが、50代の時に健康上の理由で印刷の仕事を続けられなくなる。以来、このストリートマガジン販売をするようになったという。それまでのような家賃を払うのが難しくなったので、姉の家に間借りをしながら、生活を縮小。生活保護は受けずに暮らしてきたのだそうだ。そして、この仕事を通じて体験した諸々を書き溜めて出版。カツカツの生活からは抜け出したが、今もストリートに立っている。もう、これが彼の生活のリズムとして根付いていること、また、人との出会いが彼の人生を豊かにしているとのことだった。さて、その人が昨日も駅の地下道に立っていた。背は高くないが、なかなか恰幅のいい人で、頭の良さそうな温かい印象の人だった。私たちはそのマガジンを買って、しばらく立ち話をした。基本的に、人生に対してポジティブな姿勢を持っていることに勇気づけられる。ストリートマガジンを売りながら、70歳近くで初めての本を出版、そして2作目。人生いつになっても新しく始められるという希望がもらえる話だ。

2.  アメリカ軍の未確認飛行物体 - 今は、未確認異常現象と言うらしいが - の情報が公開されたのだそうだ。現時点で「宇宙人の証拠」は出ていないが、過去80年間のUFO報告がまとめて公開された点が注目されているらしい。宇宙人の存在は、長い間、我々の興味をそそってきた。これだけ広大な宇宙を考える時、知的生命体が我々しかいないと考えるのは、むしろ不自然だろう。銀河系の端の方にある、太陽系の第三惑星に過ぎない地球にだけ?絶対に他のどこかの天体にもいるはずだと思うのが人情だ。ただ、我々は自分たちの能力の範囲で想像しているのだから、全く我々の理解を超える顛末があるのかもしれない。宇宙人探しといえば、スイス人のエーリッヒ・フォン・デニケン氏が有名だ。中学生の時に、偶然にも、その著書「未来の記憶」を手にとって、面白くて一気に読んだ覚えがある。その時は、何十年も経ってから、まさかスイスでご本人にお会いすることになろうとは、露ほども考えなかった。そして。。。もう随分と昔のことになるが、隣町に講演に来たフォン・デニケン氏に、長年の疑問を投げかける機会を得たのだった。それは、もし彼の言う宇宙人が何度も地球に来訪して、文明を築いたのだったら、イエス・キリストも宇宙人だった可能性はないのか、ということだった。人間が神と呼んだ存在と、地球人女性の間の子供かもしれない?宇宙人は、地球人類とは別の方法で生殖するのかもしれない?それよりもっと時代は遡る旧約聖書の時代に、エゼキエルがひれ伏したのは、その描写からUFOだったのではないか、とデニケンは書いていなかったっけ?ここから引き出される一つの推察として、ありえないことはないのでは?と思ったからだ。さすがに聴衆の前では聞けないから、講演が終わった後、直接質問してみたところ、にべもなく否定された。私は無邪気にも、彼があまり触れられたくないところに触れてしまったような気がした。当時のドイツ語力では、それ以上は深く聞くことはできなかった。今思えば、いくら彼でも、キリスト教の国でそれを主張することは、タブーに近いことだったろう。いずれにしても、人類はずっと我々のルーツを探し続けるに違いない。

 

メモログ 1

毎日ちょっと心に止まって、書いておきたいなあと思うことは多々ある。でも、まとまったことを書くのには、まとまった時間が要る。日々の雑事に追われ、その時間を取るのがなかなか難しい。それで、ちょっとメモしておいて、けっきょくお蔵入りなることも多々あり。。。それならと、メモログのカテゴリーを作って簡単に書いておこうかと考えた。まずは、今さっき読み終えた新聞から、ちょっと目に止まった幾つかの記事を読んで感じたことをメモしておこう。

1. 「思いやりに政治的立場はない」スイス公共放送のニューヨーク特派員が、生放送中に頭が真っ白になって喋れなくなってしまったことがあった。彼が後で語った言葉を聞いて、多くの視聴者が心を動かされたという。少し前には、社会民主党の共同党首の女性が、しばらく政治の舞台から降りていた。政界復帰後に、自分が「極度の疲弊状態にあった」と語ったそうである。そして記事は、こうした場合、あなたは心を動かされるかと聞いている。そうであれば、それは当事者に対して深い思いやりを示していると続く。アメリカの心理学者ジョナサン・ハイトによれば、思いやりや配慮は、人間に深く根ざした道徳的基盤の一つなのだそうだ。人が、近しい人にその身になって共感するのは容易いが、少し離れた人には感じにくい。だが「思いやりや配慮」の気持ちを持つことはできる、とある。「この道徳的な基本徳目は、スイスでは特に高く評価されている」のだそうだ。何だかほっとする。

2. 「ガブリエール・フォン・アルニムは "死ぬ練習" をする - そして、それによって生きる勇気を与える」79歳のドイツのベストセラー作家でエッセイストが、別れと老いをめぐるユーモラスで胸を打つ本を出版したそうだ。それは「別れを学ぶ - 時代感覚の日記」。記事が長いので、その中で紹介された、彼女が書いているという幾つかの印象的な言葉だけメモしておく。「私は死ぬ練習をしたい。死を自然なものとして認識できるように。ある日突然、圧倒され、どこかへ突き飛ばされるのではなく。」この本は、極めて個人的な本でありながら、政治的・私的な「別れ」がモザイク状に織り込まれているのだそうだ。トランプ現象への不安は、この作家にとって単なる後景ではない、彼女は世界各地で進む右傾化を憂え、戦争のない国で暮らせる特権について考え、さらに気候危機についても思いを巡らせる、とある。また、「反抗心や思いやり、自由への渇望を持ち、より良い世界を想像し続けること - それが老いに抗う」という言葉も印象に残った。彼女は、アンネ・アップルバウムの言葉として「私たちは、世界にまだ責任を感じている限り、老いない」を、本の中で引用しているそうだが、勇気をもらえる言葉だ。もっといろいろ書いてあるのだが、メモとしてこのくらいにしておこう。

3. 「カリフォルニアを "独裁国家"と呼ぶ男 - 極右系アメリカ人ブロガー、サンクトガレン大学で、元テクノロジー起業家カーティス・ヤーヴィンが自身の見解を語る機会を与えられた。これが大きな反発を招いている」。イーロン・マスクやピーター・ティールなどのシリコンバレーの億万長者たちも、彼の構想に魅了されているという。今回の討論会前から大学関係者や学生たちの間で激しい反対運動が起きていたという。討論会に参加した政治学者のイワン・クラステフは、会場入り口でヤーヴィンと数分間会話したそうだが、彼の議論を聞くには数分で十分だったと語ったという。「彼が "暴力" を肯定した時点で、私にとって一線を超えた」。そう、暴力を肯定するのは、寅さんじゃないが「それを言っちゃあおしまいよ」だ。こういう人物が台頭してくるのは、社会にとって危ないことである。

この三つの記事に共通しているのは「他者への配慮と思いやり」が、社会を成り立たせているという考えだ。

 

 

「プリンセス・マサコ - 囚われの蝶」をきっかけに考えたこと

表題の本は、ドイツ語で書かれている。日本語の翻訳はない。原題は "Prinzessin Masako - Der gefangene Schmetterling"。日本語の題名にすれば「雅子皇太子妃 - 囚われの蝶」となろうか。ドイツ公共放送連盟の日本特派員だったMartin Fritz氏と、フリージャーナリストのYoko Kobayashi氏の共著となっている。

帯には、次のように書かれてある。「自信に満ち、成功を収め、そして美しい ― 結婚式の日、皇太子妃雅子さまは世界中を魅了した。しかし今、何世紀にもわたる伝統、世代間の対立、そして強い人間的感情が、彼女の幸福と人生を脅かしている。これは、『菊のカーテン』の背後にある、これまで立ち入ることのできなかった世界を明らかにする感動的な物語である。」

日本では、皇位継承についての議論が白熱しているというので、手に入ったこの本を読んでみた。本が出版されたのは2006年で、今から20年前のことになる。だから、皇室関係の情報としては最新ではない。「囚われの蝶」ような不自由な状況の中で苦しんでいた当時の皇太子妃も、今では推しも押されもせぬ皇后となった。しかし、現皇后が辿った苦難の道を知るには、興味深い一冊だった。皇室という場は、一人の有能で快活な自立した女性には、本当に窒息しそうな環境だっただろう。この本を読むと、現皇后が適応障害に苦しまれたのも、宜なるかなと思う。

お父様は外務次官を務め、その後は国際司法裁判所の判事にも就任している。雅子皇后は外交官の娘として、幼い頃から海外で暮らして様々な人々や文化を見聞きしてきた。これは想像だが、その土台の上に、外交の力こそが世界に平和をもたらすとの志を持って、外交官になったのだろう。意欲と実力の両方を兼ね揃えていて、それは最適解の決断だったのだと思う。

ところが、前途洋々の彼女を待っていたのは、当時の皇太子との出会いだった。皇太子殿下にとっては、まさに人生の伴侶となるべき女性が綺羅星のように現れて、強い印象を残したのだった。小和田雅子さんにとっては、仕事の道に生きる方が人生にとって大事だっただろう。けれども、皇太子の彼女への想いは強く、最後には雅子さんも、皇室で生きる道を選んだ。雅子さんの当時の友人の観察によれば、彼女は皇太子に好意を持ってはいたが、強い愛という感情ではなかったという。それも当然で、お二人は彼女が結婚を決意するまでに、数えるほどしか会っていない。海外で育った彼女には、個人的に皇太子に会ってしまうこと自体が、もう後には引けないということは想像できなかったのかもしれない。おそらく、決断までにはかなりの葛藤があったと推察する。29歳まで自由に生きてきた女性にとって、皇室に入ることによって失うものは大きい。外交官としての仕事も、皇室外交も、ともに日本のために働くということに変わりないのではないか、という皇太子の言葉と一途な愛情が、迷う背中を押したであろうことは、想像に難くない。

しかし、皇太子自身の言葉がどうであれ、皇太子妃に求められるのは、外交よりもお世継ぎを産むことだった。雅子妃殿下の悲劇は、子供がなかなかできなかったことである。そして、やっと授かったお子様は、女の子だった。同じく民間から嫁いだ当時の美智子皇太子妃殿下にとっての幸いは、結婚の翌年にお世継ぎの男子を出産されたことだ。あの時代に、民間から初めて皇太子妃になったことへの皇室内での圧力は、現代の比ではなかっただろうと思われるが、そこは救いだっただろう。雅子妃殿下の苦しみは、外務省でキャリアウーマンとして働いてきた人が、お世継ぎのことだけを求められて、念願の皇室外交の仕事をすることも妨げられてきたということも、大きかっただろう。皇室の中の伝統に対する考え方の違いや、人間としての感情のすれ違いもあったようだ。

小泉内閣の時に、女性天皇容認の方向で皇室典範の改正がほぼ決まっていたはずだ。あの時に改正されていたら、その後に続く雅子妃へのお世継ぎプレッシャーはなかっただろう。長女の愛子内親が次の皇太子なのだから。だが、秋篠宮妃の懐妊がわかって、改正は取りやめになった。懐妊の時点で、すでに男子だとわかっていたのだろうか。そして、今あらためて再び皇位継承問題が議論されている。このままでは、将来的に皇室の存続が危ぶまれるからだそうだ。思えば、この20年で日本もずいぶんと変わってしまったように感じる。あの頃の方が、全体的に国内の空気が開かれていたようだ。閉塞感が強くなっていったのは、第2次安倍政権頃からではないだろうか。自他共に保守政治家を名乗っていたが、彼のやったことを観察していると、どうも違うと感じてしまう。たとえば、中島岳志さんの本を読んで、本当の保守とは何かと考えると、この人は違うなと思う。どちらかというと、ある特定の思想を実現しようとした "急進過激派" だったような? 今の高市氏は安倍派で、自身によればその遺志を継いでいるのだそうだ。

ちょっと話は逸れるが、この二度の節目を振り返ると、なぜかふっと野田佳彦という人の顔が浮かんでしまう。この人は、立場上彼らと反対にいながら、事実上は安倍政権と高市政権の成立に手を貸してしまったように見えるからだ。民主党が与党として国会で多数を占めていながら、安倍氏との約束ということで、解散総選挙に打って出て惨敗した。今回も、野党の方が多数を占めていたのに、抜き打ち解散で時間がなかったにも関わらず、知られている立憲民主の名前を捨てて、中道改革連合を俄づくりに作って惨敗した。日本にいない私などには真意は知る由もないけれど、外から見ていると面白い偶然ではある。

さて、愛子天皇待望論が国民の間で高まっているという。国民の8割方が愛子天皇の実現を望んでいるのだそうだ。ラオス訪問の様子を見て以来、私もそのお人柄には感銘を受けている。気品と親しみやすさが、この若い女性の中でバランスよく調和しているのだ。これはなかなかできないことである。また、時々見せる真剣な眼差しに、頭の良さと誠実さが滲み出ているようだ。適応障害に苦しまれた雅子妃にとって、このたった一人の愛娘の存在こそが支えだったのかもしれない。そして、一人娘の教育に、ご自分が培ったきた知性と感性の全てを注いだのだろう。前にも書いたが、母親の苦悩を見ながら育ってきた愛子内親王もまた、順風満帆の中で大きくなってきたわけはない。逆境を経験した人間は、人の痛みがわかる。最近「風の谷のナウシカ」を観たせいか、この方を見ていると、ふっとナウシカが浮かんでしまう。賢くて人に優しく、動物にも愛情深そうだ。たぶん、いざという時の勇気も持ち合わせているのだと思う。意思も強そうだ。これだけ揃った人が天皇の長女としておられるのに、なぜわざわざ傍系の男子にしか天皇の位が継げないのだろうか。

今の皇室典範には、天皇は男系男子に限るとある。それは伝統だと言われるが、この皇室典範は、明治時代に作られたものなのだという。そうなると、その時代背景も考えなければならない。明治はどんな時代だったのか。維新後、植民地にされるのを防ぐべく、富国強兵に舵取りしていった時代。天皇は、神の血筋を引く万世一系の現人神と崇められた。これは、帝国主義に向かう明治政府が推し進めた一つの物語でもあった。そもそも明治維新の倒幕運動は、薩長軍が錦の御旗を取り込んだことによって、大義名分が成り立って成功した。そして明治政府は、急速に欧米的近代化をするために、西洋のキリスト教のような一神教的な宗教を作って、国民を統率しようとした。元々の神道は一神教ではない。宗教学者のひろさちや氏が「やまと教」という本を書いている。彼は、神道という言葉は、戦前の国家神道の匂いがするから、やまと教という表現を使うのだそうだ。興味深い本であるが、ここでは詳細に触れる余裕はないので、著者と本の名前だけに留める。さて、明治憲法下では、天皇は軍の総帥でもあった。また、明治から昭和20年の終戦までは、封建的な家父長制のもとに男尊女卑の考え方が社会を支配していた。そんな中で、女性の天皇は考えられなかったろう。側室制度もあったので、明治天皇は正妻との間に子はなかったが、側室に男子をもうけた。大正天皇は病弱だったと言われるが、正妻との間に4人の男子を得た。昭和天皇には、女子ばかりで長らく男子が生まれなかったが、昭和8年にようやく、後に平成天皇となる長男が誕生、その後弟君も生まれて、とりあえず皇統の安定を得たわけだ。昭和20年まで、日本はこの天皇制の元にあった。これが「国体」である。私の親世代は、小学校で、神武天皇から昭和天皇までの万世一系の天皇の名前を暗記させられたという。母は、後年になっても全部覚えていると言っていた。教育勅語もその流れだ。国民は天皇の赤子(せきし)として、命を投げ出す覚悟を持たされたそうだ。戦場でも、公式には「天皇陛下万歳!」と叫んで死んで行ったとされる。本音は、もちろん「お母さん!」だっただろう。また、昭和の戦争の時代には、「天皇」という言葉が出た途端に、みんな起立したものだという。そして、終戦。

天皇は、現人神から一転して人間になった。昭和天皇の「人間宣言」である。新しい憲法のもとで、「天皇は、日本国の象徴であり日本国民統合の象徴であって、この地位は、主権の存する日本国民の総意に基づく」存在になった。昭和天皇の皇太子として生まれた当時の明仁殿下は、子供時代に凄まじい変化を経験したわけだ。11歳までは、神になるべく教育を受け、戦後は一転して、象徴となるべく再教育を受けた。絶えず自制と努力の人生だったのではないかと拝察する。国民統合の象徴であるからには、状況によっては、自分の地位もどうなるかわからない。常に、その懸念と隣り合わせの人生だったのではないか。だからこそ、国民との橋を掛けるために、小泉信三という卓越した側近の慧眼で、正田美智子という民間出身の女性を妃に得た。それからは、お二人で先の戦争への反省と死者への鎮魂を胸に、具体的な人間でありながら、抽象的な象徴になるとはどういうことなのかを、常に自問自答されてきたのではないだろうか。

そして、現在。雅子妃は皇后になられてから、生来の快活な気質を取り戻し輝きを放っている。どんな困難な時も、常に妻に寄り添い続けてきた今上陛下と共に、熱心に公務に取り組んでおられる。また、戦後80年の鎮魂と平和を祈る旅には、愛子内親王も伴われた。今、お二人の傍には、常に愛娘の愛子殿下がいらっしゃる。このことからも、両陛下のお考えが垣間見えるような気がするが、どうだろうか。男系男子を唱える人の中には、Y染色体がどうのこうのと言う人もいるが、神武天皇という神話上の人物から、万世一系でY染色体が続いてきたのを信じろという方が無理だろう。それに、そもそも皇祖神の天照大神は女性なのだから、孫である天孫降臨のニニギの尊の時に、すでにその理屈は当たらなくなっている。

今の皇室典範を巡る議論を見ていると、男尊女卑の時代錯誤感が否めない。せっかく今上天皇のお子様がおられるのに、その方には継がせないで、わざわざ民間から戦前の宮家の男子を養子に迎える案など、どうして出てくるのだろう。日本初の女性首相のように、女性というだけでこれからの時代に相応しい、というわけではない。けれど、愛子内親王のように、賢くて人柄も象徴に相応しい方がおられるというのに、なぜ政府は実現させたくないのだろう。もし、この日本で、このような資質を備えた女性が天皇になる道が開かれれば、我々が生き残るための、新しい「和の時代」の希望ともなることだろうに。