スイス山里COSMOSNOMADO

アルプスの山を眺め空を見上げながら心に映る風景を綴ります

喚く人たち

英国王室を描いた「ザ•クラウン」が大評判の頃、Netflixの視聴を始めた。お友だちに「愛の不時着」を勧められたというのもある。彼女たちは、スイス国内の撮影場所巡りをしたくらいなので、熱く語ってくれたのだ。そのあと「ダウントン•アビー」が面白くてハマった。あれを観終わってしまったあとは、なかなかコレぞというものがない。「ザ•クラウン」の続編を待っているのだが、まだ来ない。多分、英国王室と揉めているのだろう。これまた勧められて「アウトランダー」を見始めたが、暴力的シーンが多いので、ウィキペディアであらすじだけ読んでやめてしまった。話は面白いし、主役の二人も魅力的ではある。だが、戦いや拷問の場面があまりにリアルなのとベッドシーンがしつこいので、ちょっと遠慮しますという感じ。一般に、物語を本で読むのと映像として見せつけられるのとはだいぶ違う。

SFがけっこう好きなのだが、Netflixのは、SFに名を借りてのアクション物が中心のような印象を受けた。それと、血や傷などの描写がリアルだ。題に惹かれて観はじめたものの、途中で観なくなったものもある。最近「アナザー•ライフ」という宇宙人とのコンタクト物を観始まったが、これも途中でやめてしまいそうな気配だ。このドラマは、言葉遣いに品がない。どの登場人物も、二言目には、シットだファックだと悪態をつく。毎回、困難な状況に出くわすからだろうが、それにしても耳につく。これは男女問わずで、主役で宇宙船の船長の女性も、乗組員も皆よく喚き散らす。唯一AIの男性だけが普通で救われる気がする。船長役の女優さんも熱演ではあるのだろうが、顔の表情がオーバーアクションで、かえって内面の苦悩が表現しきれていない感がある。もっとも、これは演出なのだろうし、そう感じるのは私の好みのせいかもしれないけれど。器の大きいトップは、大変な時こそ感情をあらわにせず冷静沈着になるものだと思う。

思うに、映画やドラマは少なからず社会を反映しているし、またその逆も言える。何かの映画やドラマが流行ることによって、社会に影響を与えることもある。まず、お話は作者の頭の中から始まる。本の原作を土台として脚本を書くかオリジナルかは別として、すべて出発は誰かの頭の中だ。読書の場合は、作者から示された世界を読み手の想像力が作っていく。頭の中どうしのやり取りである。映画は、映画の作り手の解釈を物質的に構築するものだ。映像だからリアルで、それがあたかも現実であるかのように錯覚させてしまう。

アメリカ映画の流れを見ていくと興味深い。ベトナム戦争を境に作品の傾向が変わっていく。それまでのハリウッド映画は、どちらかといえば、道徳的というか良識的というか、今の映画に比べれば「上品」だった。アメリカ社会の中流層が厚かった時代と重なるだろう。ベトナム戦争はアメリカを変質させたと思う。実際の戦場は遠いアジアだったが、戦争はアメリカ人の精神を疲弊させ荒廃させた。アメリカは、自国を戦場としない戦争をずっと続けている国だ。若者たちが遠くの戦場に送られて、棺の中か心身を負傷して帰って来る。戦争は人の心にトラウマを生む。人々がイラつきケンカ腰になれば、使われる言葉も影響を受ける。使われる言葉が荒れれば、人々の中に調和がなくなっていく。そもそも、アメリカはフロンティア精神と称して、先住民を征服して作られた国だ。土台となっているのは、自分の利益の拡張ためには武器を取って戦うという精神のように思える。「和をもって尊しとなす」とはたいぶかけ離れた考え方である。

アメリカという大国が世界に与える影響は大きい。文化的にも、とくに若者たち(第二次大戦後若者だった人も含めて)は映画やビデオや音楽などを通してかなりの影響を受けている。ここスイスも、近年は昔に比べて騒々しくなった。公共の場での人々の話し声が大きくなったし、若者の振る舞いからも恥じらいが少なくなった感がある。SNSが広まって、いわゆるインフルエンサーと言われる人たちの影響も大きいかもしれない。スイス人はどちらかというと控えめな感じがあって、日本人と似ていると言われていた。だが、今の若い人たちを見ていると、だいぶ変わったと感じる。日本はどうなのだろう。とにかくアメリカ的生き方は、戦闘精神に満ちていると思う。だから、弁護士も多くてすぐ訴訟になる。ある意味、弁護士が多いから仕事を取るために訴訟を勧めるのかもしれないが。鶏が先か卵が先か。

とにかく、社会全体が騒々しくなった。それは、スマートフォンの普及とも切り離せないかもしれない。どこに行っても、空間に向かって大声で喋っている人を見かける。また、スポーツ選手などを見ても思うのだが、人々が公共の場所で感情を露わにするようになった。昔は、勝っても負けても、あんなにあからさまに叫んだり喚いたりすることはなかった。喜びも悔しさも、もう少し静かに噛みしめたものだ。とくに、日本人はそうだった。

だが、近ごろ日本に帰省したお友達がこう言っていた。「なんて言ったらいいのかしら、社会に品がなくなったような気がするの」。そうか、こちらだけでなく、日本もそうなのか。私がいた頃の日本は、一億総中流と言われていた。だが、この20年くらいで日本には格差が広がり、貧困に苦しむ人が増えているという。一時ジャパン・アズ・ナンバーワンとも言われた国が。やはりこれは失政がもたらしたものだろう。「衣食足りて礼節を知る」という言葉があるが、経済的に余裕がなくなれば、社会もささくれだつ。

今や世界も日本も大きな変化の中にある。土台自体が揺らぐほどの変化だ。そんなときこそ、舵取りをする人たちの人格が問われる。宇宙船の話にたとえれば、船長が賢明で冷静沈着であることが肝要だ。

 

 

 

トリノ小旅行

コロナが始まってから初めて外国へ行ってきた。と言っても、スイスからは比較的近い街トリノである。日本から外国と言えばすべて海外になるが、こちらは陸続きでずらっと4カ国に囲まれている。チューリッヒからトリノまでの距離は、直線にして260キロあまり、走行距離ではおよそ400キロくらいだろうか。列車で行ったが、4時間半ほどだった。東京から大阪までは、直線距離で400キロくらいだから、それよりはずっと近いことになるが、感覚的には、新幹線で行く東京・大阪間の方が近く感じてしまう。それに、やはり言葉も違うし生活習慣も違うから、心理的距離感もある。国境の町キアッソが近づくと、車掌さんが身分証明書の検査に来た。いよいよイタリアに入るんだという感覚になる。キアッソを過ぎると、乗客たちが一斉にマスクを付けはじめた。スイスでは撤廃されたが、イタリアではまだマスク着用義務があるからだ。国境を境に列車の中のウイルスの有無が変わるわけではない。クスッとなると同時に、法律の力を感じさせられる光景だった。

今回泊まったのは、ポルタ・ヌオーヴァ駅から徒歩3分のホテル・ローマ・エ・ロッカ・カヴール。イタリアの伝統的な古いホテルだが、中は改装してあって、近代的だった。我々の泊まった部屋は天井が高く広くて快適、空調が付いていたのはありがたい。なにしろ毎日いいお天気で暑かったので。着いてすぐ、カステッロ広場にあるインフォメーションセンターまで歩いて行った。約15分の道のりだ。マダーマ宮のある広場で、周辺にはトリノ王室博物群や、エジプト博物館などもある。そういう意味でも、場所的には最高のホテルだったと思う。

道々驚いたのは、若い人の多いこと。それもティーンエイジャーだ。なにか10代の若者が集まるイベントでもあるのかと思ってインフォで聞いたら、その日は学期末で、学校最後の日に生徒たちが街に繰り出しているのだという。あんなにたくさんの若者たちを見たのは久しぶりのことだった。翌日は、大学入学資格か卒業証書の授与式でもあったのか、頭にオリーブの冠をつけて歩いている学生たちを見かけた。夜もレストランのテラス席は若者たちで賑わっていた。レストランに座っている人たちは、ほとんどイタリア人のように見受けたが、そもそもトリノでは、外国人観光客をあまり見かけなかった。もっとも、ヨーロッパ人であれば、言葉を聞かない限りあまり見分けもつかないが。とにかく、アジア人観光客はほとんどいない。一時は、中国人観光客が多かったことだろう。観光バスのオーディオガイドには、中国語はあったが日本語はなかった。コロナの前からだが、その昔ヨーロッパで隆盛を極めた日本人観光客はめっきり減った。日本が経済的に繁栄していた時代も過ぎた感がある。

トリノには、美術館や博物館が多い。映画好きなので、さっそく国立映画博物館に行ってみた。トリノのシンボル的な建物であるモーレ・アントネッリアーナの中に入っている。短時間で全部は見切れない。それに、ホラー映画の展示が多くて好みではないのでざっと切り上げ、エレベーターで建物のトップまで上って街を一望した。その後、博物館見学へ。トリノ王室博物館群の建物は豪華絢爛、金などの華麗な装飾を施した部屋や広間はいかにもイタリア的だ。カリニャーノ邸はイタリア統一国立博物館になっている。ここもすごく大きいので駆け足で回ったが、戦争の歴史の展示に、今まさに起きている戦争のことを考えた。人類は戦いなくしてはやっていけない種族なのかと、重い気持ちになる。

観光のあとは、夕方のアペリティーボが楽しい。カフェやバーなどでアルコール飲料を注文すると、おつまみが付いてくる。それも、チップスやナッツのようなものだけではなくて、カナッペやピエモンテ地方の名物を少しづつ盛った皿なども。もちろん、お店によって様々だが。外に座って飲みながら、道行く人々を眺める。若い女の子たちは、知るや知らずや世のつかのまの春を惜しむように、ギリギリまで身体を覆う布を節約した格好で闊歩していた。ストリートミュージッシャンにも出くわす。物乞いの人も少なくない。ただ、数日居て見ていると、同じ顔ぶれが街を毎日回っているようだ。

今回は晴天に恵まれたが、大変暑かった。最近の暑さは半端じゃない。今週のニュースでは、ポー河周辺の乾燥が報道されていた。スイスもここ数日猛暑が続いている。世界的な気候変動の影響だろう。昔来た頃は、夏でも夕方は上着が必要だったが、今は夜になっても肌寒くならない。いろいろな意味で、変化の中にいるのを感じている。

 

 

エリザベス女王即位70年祭典に思うこと

エリザベス女王が即位して70年、英国ではここ数日に渡って盛大な祝賀の催しが続いている。その様子は、こちらのテレビや新聞でも伝えられた。また、ユーテューブにもたくさんの映像がアップされている。イギリスのことなのに、多くの人が関心を持っているようだ。私もその一人である。自分が生まれた時にはすでにこの世界に存在していて、物心ついた頃から知っている有名な人だ。96歳の今も、人生で自分に与えられた大きな課題をこなしている姿には敬服する。イギリス王室にはスキャンダルが多々あったが、エリザベス女王だけは、それとは無縁に人々の尊敬を集め、多くのイギリス人の一つの心の支えとして存在しているようだ。それは、ロイヤルファミリー存続の是非を超えたところにあるように思う。なんというか、それは、自分が選んだわけではないのに、人生で遭遇した使命を重く受け止めて、それに誠実に生きた人間への尊敬と信頼なのではないだろうか。エリザベス女王は、周りの事情によって運命が激変した人である。もし、エドワード8世が「世紀の恋」で退位しなければ、その弟である父親が国王になることもなく、当然その世嗣ぎとして、自身が女王になることもなかった。言ってみれば、直系でない他の英国王族のように、重い責任を持つこともなく、王族としての特典だけを享受できたわけだ。70年前の戴冠式の映像を見たが、あの王冠は、その責任を象徴するように大変に重いのだそうだ。覚悟をした瞬間だったのだろう。人間の覚悟の力は大きい。あるヨガの先生の言葉を思い出す。「人生にあれもこれもを求めるのではなく、人生が今あなたに何を問うているのかを考えてみること」。だいぶ昔のことなので、言葉はうろ覚えだが、だいたいこんな文脈だったと思う。エリザベス女王の生き方を見て、そんなことを思い出した。

それにしても、この世界には様々な人間たちが生きているものだと思う。その社会的な地位とはまったく関係なく、高潔な人もいれば無頼漢もいる。自分を犠牲にしてまでも社会の為に尽くす人もいれば、利己的な動機のみで行動する人間もいる。

たとえば、スイス人医師で、カンボジアに病院を作り長年現地の人たちの治療に携わっていたリヒナーという人がいる。その方は難病を得て、数年前に治療のためにスイスに戻り亡くなった。本当は、もっと早く戻ってきたかったのだと思う。だが、後継者が見つからなければ現地の人を見捨てることになる。詳しい事情はわからないが、内面の葛藤はあったのではないだろうか。日本人医師の中村哲氏のことも考える。アフガニスタンの住民の生活改善に尽力しながら、現地で銃弾に倒れた。ドイツ語では、職業のことをBerufという。Berufungと関係のある言葉だ。Berufungにはいろいろな意味があるが、能力と意向によって示される人生の課題、使命というのもその一つである。お金を稼ぐことだけが仕事ではない。先に挙げた医師たちは、人生の使命としてその仕事を全うしたのだと思う。

一方、地位だけ高くても無頼漢はいる。世界を見渡すと、独裁的権力者に多い。たとえば、本来の政治家の使命は、国が安定する政策を実現して、国民を幸せにすることだろう。だが、権力を握っている連中で、そんな政治家がどのくらいいるだろうか。国の最高責任者でも、自分たちの利益を第一義に、平気で国民を戦争に巻き込んでいく輩もいる。こういう人間たちは、言わば、暴力に頼って言うことを聞かせるならず者とかわりない。人間社会の破壊者だが、涼しい顔して権力の座を手放そうとしない。

昨日、たまたまスイステレビの哲学番組「星の時間」をみた。インクルーシブ社会と活動家がテーマだった。印象深かったのは、環境問題活動家の若い女性のインタビューだ。頑張ってもなかなか前進せず、孤独な闘いだと感じているようだ。利己的に生きられたらどんなに楽だろうと思っても、自分の裡なる使命感がそれをさせない。環境に配慮することなく自分の楽しみに生きる同世代の人たちを見ていたら虚しくもなるだろう。見ていてちょっと辛くなった。幸せでいてほしい。

最近は「好きなことだけしなさい。好きな人とだけ関わりなさい」と言うスピリチャル系の人もいるようだ。ただ、これを精神的に成熟しないうちに実践するとどうだろうか。人生はそう単純ではない。一見楽ではない使命を果たそうとする時にこそ、人間としての深み、人生の喜びに到達するチャンスがあり得るかもしれない。

エリザベス女王の即位70年祭典から、あれこれ思いが広がっていったところである。

和顔愛語

最近のことだが、ある人と人間関係や今の社会について話していて、ふと「和顔愛語」という言葉が頭に浮かんだ。これは、仏教で使われる言葉である。

もうずいぶん前のことになるが、ある日本人のお友達が言っていた。彼女の娘さんが「ママ、どうして人と会ったときに、理由もないのにニコニコするの」と聞くのだという。言われてみれば、我々の世代は、人と接するときには感じの良い顔をするように教わってきた。娘さんの父親はスイス人で、彼女はスイス生まれのスイス育ち。こちらの人を見ると、たしかに理由もなくニコニコはしていないかもしれない。今はもう気にならなくなったし、こちらの人の表情もすっかり読み取れるようになっているが、来たばかりの頃は、厳しい印象を受けた。

こちらでは、日本は「微笑みの国」とも言われてきた。日本人は、たしかにこちらの人に比べて、人と接するときに微笑むことは多かったかもしれない。息子がほんの小さかった頃、面白いことを言った。バギーに乗せて散歩していたときのことだ。「あ、あの人、日本人」と、ある人を指差す。でも、その人は、明らかにスイスの人だ。「どうして?」と聞くと、「ニコニコしているから」と、答える。彼の頭の中には、そうやって何人かのカテゴリー分けができていたのだろう。赤ちゃんのときから日本を知っている彼なりの見解だったわけだ。

日本社会もだんだん余裕がなくなってきて、人の表情も変わってきただろうか。欧米風の考え方も広がって、ほんわか感が薄れてきたところもあるかもしれない。今度行くときは、その辺をよく観察してみよう。感じのいい顔で人に接する「和顔」の心がけは、社会の潤滑油としてなくなってほしくないものだ。

また、「愛語」とは、優しい言葉、親しみのある心のこもった言葉、人々に対する慈しみの心から発せられた言葉だという。こちらに暮らしていると、自分を守るための言葉をよく聞くような気がする。欧米社会は自己主張し合う社会だが、ツイッターなどを見ている限り、日本も自己主張のネガティブな意味において、そうなっていっているのかと思ったりもする。それは残念なことだ。きちんと自分の考えを言うことと、相手の立場を思いやる「愛語」は矛盾するものではない。大切にしたい言葉だ。

とんでもない戦争が起きてしまって、世界の先行きに暗い気持ちを持ちがちになる日々だ。人間の業についても考えてしまう。「業」というのも仏教で使われる言葉だ。人が自分の主張ばかり通そうとするところに争いが起こる。けっきょくは戦争もそうだ。自分の縄張りを広げようとして侵略する。権力を持った者たちの利己意識から戦争が始まる。ウクライナでの戦争を機に、日本でも国防の意識が物理的な力へと傾く傾向が強くなっているようだ。でも、それは本当の解決策なのだろうか。ともに破滅する道ではないのか。

日本人の心には、無意識に仏教の言葉が入っている。いろいろな習慣も仏教に根ざしたものが多い。仏教は宗教というよりも、むしろより善く生きるための知恵として、我々に深く根を下ろしているようだ 。この先行き不透明な時代にこそ、日本人の身近にあり続けた仏教の知恵に、今一度思いを致してみたい。

 

チューリッヒ散策

今週のお題「好きな街」

今、一番好きな街は?と聞かれたら、たぶんチューリッヒと答えるだろう。旅行で素敵な街を訪ねると、いつも「ああ、また来たいなあ」と思う。でも、たいていは二度と訪れることはない。だが、チューリッヒは違う。数十年来よく知っている街。住んでいるわけではないが、私にとって身近な街だ。身近でありながら、今でも魅力のある街だと思う。

その昔、たくさん日本人観光客のグループがスイスを訪れていた時期があった。だが、たいていは、チューリッヒは空港に着いてから直行で、バスでざっと回ってから土産物店に立ち寄り、泊まらずにベルナーオーバーランド方面に向かうコースが多かった。あるいは、チューリッヒかルツェルンに一泊して、翌日はユングフラウヨッホを観光するコース。いずれも、じっくりとチューリッヒを散策する機会がない。

チューリッヒを訪れる人には、ぜひ旧市街を散策してほしい。リマット川を挟んで、左右に石畳の旧市街が広がっている。左岸には、有名なシャガールのステンドグラスがあるフラウミュンスター、ヨーロッパ一大きい時計盤を持つサンクト・ペーター教会、右岸には、二つの塔が聳えるグロスミュンスター。この三つの教会を写真に収めるには、一番湖よりの橋の上に立つといい。湖を背にしてカメラを構えると、左手にフラウミュンスター、その後ろにサンクト・ペーター教会の時計盤、右手にはグロスミュンスターの二つの塔がバランス良く収まる。

私のお勧めのコースは、チューリッヒ中央駅から始まる。私は、スイスの大きな街の駅の中では、このチューリッヒ駅が一番好きだ。中央駅は、地上部分が終着駅になっていて、3番線から17線まである。構内のホールは天井がとても高く広々としている。これが、他の駅と比べて違うところだ。12月にはここにクリスマスマーケットが出るし、その他いろいろなイベント会場としても使われる場所だ。地下には、中央発駅ウトリベルク(近郊の小高い山)行き戻りの1番線と2番線、それと、通過線路が4本通っている。地下のショッピングモールも広くなった。

さて、中央駅を背にすると、目抜き通りのバーンホーフシュトラッセが見える。チューリッヒ湖まで続いているショッピング通りだ。その変遷に触れると長くなるが、以前は世界一洒落たショーウィンドーが並ぶ通りと言われていた。今は、駅の近くは比較的安いものを売る店が並ぶようになって、高級店はもう少し先に行ってからになる。もちろん、時計店は多い。大銀行やサヴォイホテルなどが面しているパラデ広場まで10分ほど歩いて、左に折れるとリマット川沿いにフラウミュンスターがある。そこから橋を渡って、グロスミュンスターに行く階段を上る。目的によっていろいろあるが、路地の散策をするなら、グロスミュンスターから右岸の石畳の道、ニーダードルフ通りを駅の方向に向かって歩くのがいい。いろいろなレストランや居酒屋さんも並んでいる。ちょっと路地を入れば、小さくて素敵なブティックがあったり、思いがけない発見がある。左岸の川沿いの石畳の道も素敵だ。リンデンホーフの丘から眺める対岸の家並みと遠くの風景も美しい。

チューリッヒは、文化の街でもある。クンストハウス、チューリッヒ市美術館のことだが、ここには、素晴らしい作品がたくさん展示されている。印象派の絵も豊富だ。また、リートベルク美術館という有名な東洋美術館がある。日本の美術品も多い。そして、日本からの国宝級の彫刻や絵画を招聘した展覧会が多く開かれている。たとえば、「禅の美術展」「能面・能装束展」(その昔ヨーロッパに伝わった加賀の前田家由来の能面が寄贈され展示)「等伯展」(国宝の松林図屏風など展示)「観音展」などなど。この美術館は、リーターパークという大きな公園の中にある。チューリッヒには緑がたくさんある。湖沿いもずうっと公園になっていて、人々の憩いの場だ。また、古今の文化人が多く滞在した街で、ゲーテが訪れたレストランや、レーニンが亡命していた時に間借りしていた家には、外壁に表示が出ている。スイス人の作家ゴットフリート・ケラーが住んでいた家も旧市街にある。リヒャルト・ワーグナーやジェームス・ジョイスもチューリッヒに住んだことがあるし、その他数え上げればたくさんの人だ。

チューリッヒは、スイスで一番大きい商業都市である。人口はおよそ40万人で、日本で言えば四国の高松市くらいだろうか。街にはくまなくトラム(市電)が走っているが、旧市街だけならゆっくり歩いて回れる。東京育ちの私は、初めて来た時には小さく感じたものだが、この街にはいろいろなエッセンスがギュッと詰まっていて面白い。

 

リーターパークとリートベルク美術館

 

新聞を読む習慣

毎朝、地元の新聞に目を通すのを日課にしている。丁寧に読むと時間が掛かるので、興味を惹かれた記事は取っておいて後で読む。ただ、油断しているとすぐに溜まってしまう。

夫は新聞を毎日丁寧に読む人である。私は冗談で「あなたにとって新聞読むのは楽しみの一つだけど、私にとっては勉強の一つ」と言ったりする。我が家は、ドイツ語圏の有力紙NZZ (ノイエ・ツルヒャー・ツァイトゥングの略) の他に地方紙を取っているが、私が読むのはもっぱら地方紙の方だ。NZZの記事は、一文が長いというか、文章のスタイルがちょっと小難しいというか、スイス人と言えども万人向けではないところもあるようだ。そういう意味では、私にとっては、この地方紙の方が読みやすい。

第一、NZZは分厚いが、ZSZ (ウチが取っている地方紙) はそうでもない。なにしろ、こちらの新聞は字が小さくて、一面いっぱい一つの記事だったりする。日本の新聞の字は、ずいぶん前から大きくなったし、一つの記事自体が長くない。それに、日本語は自分の母語だから、漢字を拾って斜め読みというか、早読みすることができる。だが、ドイツ語は大人になってから習得した言語なので、順を追ってアルファベットの海を泳いでいく。その昔、体調を崩していた時(今で言えばバーンアウト?)は、アルファベットを追うだけで気持ちが悪くなった。ただ、英語と比べて少しマシなのは、ドイツ語の名詞は始まりが大文字なので、幾分拾い読みに似たことができることか。とにかく、分厚い新聞は、丁寧に読んでいると時間が掛かる。

そういうわけで、この地方紙の方が時間をあまり取られない。それがいい点の一つだ。もう一つは、地域のニュースが載っていること。世界や全国のニュースは他でも知ることができるが、地元のことは地方紙に限る。その他、有名人だけではなくて、いわゆる無名でも、地域などで活躍している人物のインタビュー記事もある。この新聞は、地域の人も広く有名な人も含めて、毎日誰かしら個人の話の記事が載っているところが気に入っている。人の人生は様々で、人間って興味深いと思う。

第一面には、その日の主な記事が紹介されていて、その下に小さく詳細記事のページが書かれている。次に地方版のページが何枚かあって、それから、州やスイス、外国、社会・文化、知識・情報、経済、スポーツ、そして、いわゆる三面記事と、だいたいはこういう構成だ。

せっかくだから、新聞を読む習慣とブログを書く習慣を連動させてみようかと考えているところである。自分なりに印象に残った記事について、週刊感想文など書いてみるということで、さて、どうなりますか。ちなみに、今週初めのニュース。フランスの大統領決選投票でマクロン氏が再選された記事を興味深く読んだ。この大統領選は、ヨーロッパ中が注目していた。フランス一国だけではなく、今後のEU及びNATO、ひいてはウクライナの行方にも影響を及ぼすからだ。いずれにしても、マクロン氏には多難な道が待っている。

 

こんな時期だから、独裁になりえないスイスの政治制度を讃えたい

地元の新聞に、元連邦大臣二人の対談の記事があって、面白く読んだ。一人は、社会民主党のMicheline Calmy-Rey氏、もう一人は、国民党のChristoph Blocher氏だ。

この二人は、連邦内閣で大臣として重なる時期があったが、一方は左派、他方は右派と、政治的立場は違っていて、激論を交わす仲だったらしい。だが、お互いに一目置きあってはいたようだ。二人が顔を合わせるのは久しぶりとのこと。Calmy-Rey氏はジュネーブ、Blocher氏はチューリッヒ在住で、対談は司会者を挟み、Zoomを使って行われたという。テーマは、スイスの中立について。今、ヨーロッパは大変なことになっている。プーチンのロシア軍がウクライナに侵攻して以来、第二次世界大戦後のヨーロッパの安定構造が揺らいでいる。それがスイスの外交姿勢に与える影響も非常に大きい。国際社会は、ロシアへの経済制裁を今までになく強めているが、中立を保ってきたスイスも、今回はその制裁に加わっている。それを巡って、お互いに真逆の立場で、二人の議論は展開されていく。それぞれの意見はさておき、私が興味深く感じたのは、こうやって違う意見を持つ人達、つまり党の違う人達が内閣に入って、国の運営をしていくスイスの政治制度である。

スイスには、閣僚7人から構成される連邦内閣があって、スイス全体や外交に関わることを司る。この7人は、四つの主要政党から選ばれた議員だ。それぞれの立場から意見を交換・議論をして、最後は連邦内閣としての決定をする。大統領は、連邦内閣の閣僚から交代で選ばれる。任期は一年だけ。テレビのインタビュー番組での、ある有名なスイス人文学者の言葉が印象に残っている。「スイスの政府は、国を統治するのでなく、運営するのだ」と。スイスの政治制度については、スイスインフォが簡潔にまとめて紹介している。スイスインフォとは、スイスについて10ヶ国語で情報発信しているウェブサイトだ。元々は、スイスラジオの海外向け放送だったが、今はウェブ版だけになっている。数年前の記事になるが、スイスの政治制度についての説明がわかりやすい。

 

www.swissinfo.ch

 

現在の世界を見渡してみると、独裁政権が一段と幅を利かせてきている。独裁者の政治のやり方を見れば、国民の為になるかよりも、いかに国民を利用して自分の為にするかだ。自らの利益のために、あるいは、自らの妄想と狂信の為に政治を行う。だが、専制君主時代と違って、新しい独裁は選挙を通して始まる。まずは、選挙で多数党となり、そこからジワジワと異を唱えるものの言論を封殺していく。その為にはメディアのコントロールに余念がない。見えないところで暴力にもモノを言わせていく。気がついたら、国民はもう自由な意見が言えなくなっているのだ。プーチンによるウクライナ侵略は、それを如実に表している。なんと業の深い人間よ。自分の目的達成の為には、自国民をも含めて、他者の命などはなんとも思っていないのだから。このロシアの体制は、一朝一夕に作られたものではない。先に述べたように、まずは選挙で国民が選んだのだ。ハンガリーでも、独裁的な大統領が居残った。そう考えると、間もなく行われるフランスの大統領決選投票の行方が気になる。極右と言われている女性候補者が支持を広げている。そして、この夏には日本で参議院選挙が行われる。この選挙の結果は、これからの日本の運命を決めるものとなるだろう。

いろいろ世界を見ていくと、スイスの政治制度は、多様な人間たちが共生していく為に今のところ一番適した方法に思える。ただ、これを維持していくのは容易いことではない。優秀で賢明な政治家と国民の不断の努力が不可欠だ。ただ、SNS普及の負の側面(フェイクニュースや煽りや脅し)が、スイス的な民主主義の基本理念を揺るがしかねない危険を少し懸念している。お互いが、意見の違う他者を尊重する。その基本の上に、少しでも溝を埋めていこうとする姿勢があってこそ機能するのが、民主主義だと思う。なんの為に?共に生き残る為に。

ウクライナで行われている理不尽な侵略戦争は、曲がりなりにもなんとか保たれてきた世界の秩序を、根本から覆すものになりそうだ。世界が暴力でねじ伏せられていくことを考えると、暗澹たる思いに屈しそうになる。どこかに希望はないのか。

今みんなそれを探していると思う。それぞれが自分の一生を全うし、また、人類という種が生き残っていくために。