スイス山里COSMOSNOMADO

アルプスの山を眺め空を見上げながら心に映る風景を綴ります

映画「ラヂオの時間」 

今週のお題「ラジオ」

ラジオドラマは、語り手や演者の顔が見えない。声ひとつの勝負である。もちろん、そこに効果音や音楽が加わることもある。テレビや映画は、どうしても演者の姿形に影響されてしまう。でも、ラジオは顔が見えないだけに聞き手の想像力が掻き立てられる。無意識の参加型ドラマでもあるのだ。

三谷幸喜の映画「ラヂオの時間」は、そんなラジオドラマの制作の裏側を描いて面白い。もちろん、実際はここまでのことはないと思うが、生放送現場のアタフタぶりが誇張されてて、大いに笑えるドタバタコメディーである。それでいて、組織で働く人間の卑屈さと悲哀と最後の矜持、スポンサーあっての番組作りの枠組み、スターの傲慢ぶりや無名作家の立場、平凡な暮らしに飽き足らない主婦の思いと、実のところは確かな夫婦の絆も、全部ひっくるめて描いた傑作だ。三谷幸喜映画監督デビュー、1997年の作品である。

ストーリーは、ざっとこんな調子だ。鈴木京香演じる主婦の脚本「運命の女」がシナリオコンクールに入選。ラジオドラマ化されることになって、彼女は緊張と期待に満ちてスタジオに立ち会う。ところが、主役の元スター女優の我儘が発端で、彼女が書いたシナリオは全く違う方向に進んでいく。それでも、無名の新人として何とか耐えるが、最後のシーンで全く自分の意図とは違う話になってしまい、とうとう爆発する。彼女の書いたストーリーというのは、熱海のパチンコ店にパートで勤める平凡な主婦が、高波に攫われそうになったところを漁師に救われ恋に落ち、夫を捨てて愛に生きるという恋愛物語。設定はもちろん熱海の海辺である。しかし、元スター女優は、自分が演じる主人公の名前が気に入らないと言って、メリージェーンに変えさせる。その上、女弁護士がいいとまで言い出す。西村雅彦演じるプロデューサーは説得を試みるが、彼女はガンとして譲らない。旬を過ぎたとはいえ、まだまだ影響力のある女優とマネージャーには逆らえずに、名前と役の設定を変更。すると、対抗意識満々の相手役の男優も、自分の名前を寅造なんかではなく、もっとカッコいいものにしろと要求。これは、すべてリハーサルが終わった後のこと。まもなく生放送の本番で、時間が迫っている。外人の名前にするということは、舞台も外国になるということで、急遽ニューヨークへ。もうこうなると、主婦の新人脚本家の手には追えず、プロデューサーは手慣れた放送作家に頼み込んで、台本修正を依頼。何でも屋の彼は、どんどん台本を変えていく。元々のシナリオにはないマシンガンまで登場するが、マシンガンといえば、ニューヨークではなくてシカゴだとなって、さらに舞台変更。ところが、シカゴには海がないというナレーターの指摘で、ドラマ進行が窮地に陥るが、ミシガン湖のダムが決壊して水害が発生することにして切り抜けることに。もう生放送は始まっているのだ。同時進行で台本が書き換えられていく。唐沢寿明演じるディレクターは、あまりの無理な変更に不満を募らせるが、何とか無事にドラマを終わらせなければならない。マシンガンの音、濁流の音などの効果音の調達に走る。ラジオ局の守衛が元は効果音の担当だったと聞いて、協力を仰ぐのだ。すると、相手役の男優が、漁師ではなくて勝手にパイロットを名乗る。パイロットがたまたま洪水の現場に来ていて、女を救って恋に落ちることにするが、女優は、ラストは、私は一人で生きていくと高らかに宣言したいとのたまう。さて、どうする。そうだ、パイロットをハワイの上空で行方不明にしよう。ところが、スポンサーが航空会社で早速クレームが入る。CMの間に知恵を絞り、何とかこじつけて宇宙飛行のパイロットに。そこで、主婦作家が爆発する。宇宙で消えるってことは、もう帰ってこないってことじゃないですか。それは絶対に困ります、二人は一緒に愛に生きなきゃだめなんです。他はもういくら変更されたっていいと、受け入れました。でも、これだけは絶対に譲れません、と。彼女の夫も、届け物でスタジオにやってきているが、実は、彼は妻の物語の筋を知らなかった。ストーリーを聞きながら、妻が自分との関係に不満を持って、自分の元を去ろうとしているのではないかとパニックになって、スタジオに乱入してマイクに向かって叫ぶシーンもある。そこを井上順演じる主人公の夫ハインリッヒ役がアドリブで辻褄を合わせて切り抜ける。最後は、唐沢寿明のディレクターが、鈴木京香の気持ちを通すべく全力で奔走。パイロットが奇跡的にメリージェーンの元に戻ってくることにして、めでたしめでたし。最後は守衛さんの奮闘で、花火が上がる効果音。そして、ちょっとしんみりしたところに、おまけのラストシーンが付いてくる。ずっとラジオを聴いていた渡辺謙のトラック運転手が、感激を伝えに大型トラックでラジオ局にやってくるのだ。最後までドタバタ。

いやはや、これだけのドタバタコメディーをうまく2時間足らずの映画にまとめた三谷幸喜の腕には感心する。誇張もここまでくると、本当に笑えるコメディーになる。また、俳優さんたちがいい。鈴木京香の初々しい主婦作家ぶり、唐沢寿明の現実に流されながらも、心の中には一徹な職人魂を持つディレクターぶり、西村雅彦の迎合しながら世渡りしていくプロデューサーのコミカルな悲哀、元音響担当で、今は守衛の藤村俊二もいい味を出していた。また、場を丸く収めようとするタレント役の井上順もピッタリだった。それから、妻を愛するちょっと気弱で優しい夫を演じる近藤芳正もよかった。とにかく、大いに笑える映画で楽しませてもらった。

 

追記:下書きに置いといて書き終わってアップしようと思ったら、新しいお題に変わっていました。でもせっかくなのでこのまま投稿。