スイス山里COSMOSNOMADO

アルプスの山を眺め空を見上げながら心に映る風景を綴ります

こんな時期だから、独裁になりえないスイスの政治制度を讃えたい

地元の新聞に、元連邦大臣二人の対談の記事があって、面白く読んだ。一人は、社会民主党のMicheline Calmy-Rey氏、もう一人は、国民党のChristoph Blocher氏だ。

この二人は、連邦内閣で大臣として重なる時期があったが、一方は左派、他方は右派と、政治的立場は違っていて、激論を交わす仲だったらしい。だが、お互いに一目置きあってはいたようだ。二人が顔を合わせるのは久しぶりとのこと。Calmy-Rey氏はジュネーブ、Blocher氏はチューリッヒ在住で、対談は司会者を挟み、Zoomを使って行われたという。テーマは、スイスの中立について。今、ヨーロッパは大変なことになっている。プーチンのロシア軍がウクライナに侵攻して以来、第二次世界大戦後のヨーロッパの安定構造が揺らいでいる。それがスイスの外交姿勢に与える影響も非常に大きい。国際社会は、ロシアへの経済制裁を今までになく強めているが、中立を保ってきたスイスも、今回はその制裁に加わっている。それを巡って、お互いに真逆の立場で、二人の議論は展開されていく。それぞれの意見はさておき、私が興味深く感じたのは、こうやって違う意見を持つ人達、つまり党の違う人達が内閣に入って、国の運営をしていくスイスの政治制度である。

スイスには、閣僚7人から構成される連邦内閣があって、スイス全体や外交に関わることを司る。この7人は、四つの主要政党から選ばれた議員だ。それぞれの立場から意見を交換・議論をして、最後は連邦内閣としての決定をする。大統領は、連邦内閣の閣僚から交代で選ばれる。任期は一年だけ。テレビのインタビュー番組での、ある有名なスイス人文学者の言葉が印象に残っている。「スイスの政府は、国を統治するのでなく、運営するのだ」と。スイスの政治制度については、スイスインフォが簡潔にまとめて紹介している。スイスインフォとは、スイスについて10ヶ国語で情報発信しているウェブサイトだ。元々は、スイスラジオの海外向け放送だったが、今はウェブ版だけになっている。数年前の記事になるが、スイスの政治制度についての説明がわかりやすい。

 

www.swissinfo.ch

 

現在の世界を見渡してみると、独裁政権が一段と幅を利かせてきている。独裁者の政治のやり方を見れば、国民の為になるかよりも、いかに国民を利用して自分の為にするかだ。自らの利益のために、あるいは、自らの妄想と狂信の為に政治を行う。だが、専制君主時代と違って、新しい独裁は選挙を通して始まる。まずは、選挙で多数党となり、そこからジワジワと異を唱えるものの言論を封殺していく。その為にはメディアのコントロールに余念がない。見えないところで暴力にもモノを言わせていく。気がついたら、国民はもう自由な意見が言えなくなっているのだ。プーチンによるウクライナ侵略は、それを如実に表している。なんと業の深い人間よ。自分の目的達成の為には、自国民をも含めて、他者の命などはなんとも思っていないのだから。このロシアの体制は、一朝一夕に作られたものではない。先に述べたように、まずは選挙で国民が選んだのだ。ハンガリーでも、独裁的な大統領が居残った。そう考えると、間もなく行われるフランスの大統領決選投票の行方が気になる。極右と言われている女性候補者が支持を広げている。そして、この夏には日本で参議院選挙が行われる。この選挙の結果は、これからの日本の運命を決めるものとなるだろう。

いろいろ世界を見ていくと、スイスの政治制度は、多様な人間たちが共生していく為に今のところ一番適した方法に思える。ただ、これを維持していくのは容易いことではない。優秀で賢明な政治家と国民の不断の努力が不可欠だ。ただ、SNS普及の負の側面(フェイクニュースや煽りや脅し)が、スイス的な民主主義の基本理念を揺るがしかねない危険を少し懸念している。お互いが、意見の違う他者を尊重する。その基本の上に、少しでも溝を埋めていこうとする姿勢があってこそ機能するのが、民主主義だと思う。なんの為に?共に生き残る為に。

ウクライナで行われている理不尽な侵略戦争は、曲がりなりにもなんとか保たれてきた世界の秩序を、根本から覆すものになりそうだ。世界が暴力でねじ伏せられていくことを考えると、暗澹たる思いに屈しそうになる。どこかに希望はないのか。

今みんなそれを探していると思う。それぞれが自分の一生を全うし、また、人類という種が生き残っていくために。