先週の末、高校の同級生が四人チューリッヒにやってきた。なかでも、仲良しの子は初めての海外旅行。前から、私が住んでいる国を見てみたいと言ってくれていたのだが、やっとようやく都合がついて来てくれたのだ。あとの三人は、何回かヨーロッパ旅行の経験がある。今回、彼女たちは、添乗員付きのスイス旅行のツアーを選んで、まずは有名な山の観光地巡り。グリンデルヴァルドとか、シャモニーとか、ゴルナーグラートとか、ツェルマットとかの山岳地を訪ねるという旅程だった。ユングフラウは眺めるだけではなくて、登山電車で上のヨッホまで登っている。あいにくの曇りで何も見えなかったらしいが。そうなのだ、せっかく高く登っても見えなければ、残念なことになる。チューリッヒ方面はずっと天気が悪かったので心配していたのだが、彼女たちは初日のユングフラウを除いて、比較的好天に恵まれたらしい。晴れ女がいたから、と喜んでいたし、私もホッとした。また、レマン湖畔を巡って車窓から世界遺産になっているヴォー地区のワイン畑の景色を楽しんだりもしたようだ。そして、旧市街が世界遺産に登録されている首都ベルン、カペル橋で有名なルツェルンなどの街を観光して、チューリッヒ空港に戻ってきた。チューリッヒを見ることなく、ツアーのメンバーは日本に飛び立っていったが、同級生たちは私と過ごすために、空港近くのホテルに2日間延泊するというプランだった。一般的に、チューリッヒに滞在するツアーを探すのは難しいようだ。チューリッヒ空港に到着して、その足で山の方に向かい、また飛行機に乗るために戻ってくるというパターンが多らしい。あっても、せいぜい観光バスでチューリッヒ市内を駆け足で回って、そのまま山の方に向かうケースがほとんだ。
だが、チューリッヒの醍醐味は、なんと言っても滞在して味わう旧市街の散策である。今回は、2日間たっぷりとチューリッヒとその近郊を楽しんでもらった。まずは、空港で落ち合ってホテルにチェックイン、それから、電車でチューリッヒ中央駅まで行って、そこからが街案内の始まり。あの天井の高いホールのある駅の構内は、広々していて気持ちがいい。ところが、最近はものすごく混み合っている。中国人やインド人を始め、観光客が多いのだ。さて、中央駅を出てから、トラムで一駅のセントラルへと向かう。そこから、チューリッヒ工科大学(ETH)と下の街を繋ぐ、Polybahnと呼ばれる急降下の赤い電車が出ている。乗車時間ほんの数分で、ETHのテラスがある上の停車場に着く。ETHは有名な科学者を多く輩出した工科大学としてい有名で、あのアインシュタインもいた大学だ。テラスからはチューリッヒ全体が見渡せるので、私は、たいていお客さんをまずここに案内することにしている。その日はピカピカの晴天、同級生たちは街の眺めの素晴らしさに歓声を挙げた。大学のキャフェテリアで軽食を取って、今度は歩いて旧市街に向かう。
石畳の道を左右に小さなお店を見ながらGemüsebrücke(野菜橋)まで歩く。通りや路地には、時計の修理屋さんや縫製屋さんや彫金屋さん、他にもいろいろなアトリエショップなどが並んでいて、そぞろ歩きが楽しい。旧市街の右岸には、レーニンが亡命時代に住んでいた家や、スイスの国民作家ゴットフリード ケラーが若い時代を過ごした家、ダダイズム発祥の家などもあるし、ゲーテが訪れたというレストランもある。ちょっと広場のようになっている野菜橋からは、チューリッヒ湖の向こうに白くアルプス山脈が見える。グラーナーアルプスだ。手前右にはフラウミュンスター、左にはグロスミュンスターがあって、記念の写真撮影にぴったりである。お天気がほんとに良かったので、みんなの感嘆の声が止まらない。
この橋を渡って、今度は左岸の旧市街を歩く。こちらも石畳で、川沿いにはカフェなどが並んでいて、風情がある。リンデンホフの丘にも行きたかったが、ちょっと歩くのがきついメンバーがいたので、そこは諦めた。私は長年山の国で暮らして自然に鍛えられてしまったのか、坂道もあまり苦にならないのだけれど、東京暮らしの人たちには、チューリッヒでさえ坂がちょっときついと感じることもあるらしい。そこで、知る人ぞ知る、私の取って置きの秘密の教会で一休みさせてもらった。
さて、左岸にあるフラウミュンスターは、シャガールのステンドグラスで有名である。1970年に完成したが、その時シャガールは83歳だったというからすごい。キリストの窓を中心とする五つの窓の意匠と色が美しい。この教会は長い間入場無料で自由に入れたが、現在は入り口を設け5フランの料金を取っている。観光客が大変増えたから、整理の意味もあるのだろう。
パラデ広場にある、老舗チョコレートのお店シュプリュングリの本店で買い物をしてから、また右岸に渡って、グロスミュンスターに向かう。観光客で賑わう教会の中を見てから、地下礼拝堂のカール大帝のレプリカ像を見に行く。ここにはほとんど人がいなくて、冷んやりとカビ臭い。それにしても、あの日はどこに行っても人が多かった。
そろそろお腹も空いてきた。グロスミュンスターの程近く、ニーダードルフにあるスペイン居酒屋Bodegaに向かった。下の居酒屋は予約が出来ないので、早めの時間に行っておいた方がいい。幸いまだ空いていて、問題なく座れた。みんな一息。ワインにタパスをいろいろと頼む。店の雰囲気もよくて喜んでもらえたのが嬉しい。海外が初めてという仲良しの子は、すべての体験が新鮮で、やっと来られた私の住む国にとても感激してくれた。友達はありがたい。最後は、トラムに乗って、8時まで開いているバーンホフ通りのデパートへお土産の買い物に行く。そして、明日の説明をしてから、中央駅で空港行きの電車に乗るのを見届けて別れた。チューリッヒの空港は実に便利で、街から10分しか掛からない。さて、長くなるので、この続きはまた改めて。翌日には、ちょっと笑ってしまうハプニングが起こったのだ。続